2015年1月31日土曜日

雪だるま

先日NYに到来した大寒波は、心配されていたほど大規模な打撃を与えずに通り過ぎてくれました。ただその後も雪が降り続いているので、当分は道の脇に大量の雪が残りそうです。


先日フラットアイアンビルディングの前を通りかかると沢山の雪だるまがいました。


大分とけてしまっているのもありましたが、上手に作ったもんだなあと感心しました。


と、近寄ってよくよく見てみると、なんと「石」で出来ていました。。。


帰って調べてみると、この雪だるま達はスノー・モンスターというアート・インスタレーションで、リアリティー・ハッキングというシリーズの一環なんだそうです。

そしてその意図とは

「冬のニューヨークの景色の中に、そこを通る人々の日々のルーティンを中断させて、ユーモアのある気晴らしを提供する事。(“interrupt the routine of the commuter and provide a humorous diversion within the wintry New York landscape.”)」だそうです。

すっかり、意図通りに楽しませてもらいました。

2015年1月26日月曜日

雪の日


しばらく間があいてしまいました。ご挨拶が遅れましたが、今年も折々に触れてブログを更新していきたいと思っていますので、どうかよろしくお付き合い頂ければ幸いです。

昨年は比較的暖かかったNYなのですが、1月に入って寒さが厳しくなり、そして今は大寒波が来ています。記録的なスノー・ストームになる可能性が高いらしく、今日明日のコンサートやブロードウェイのショーは軒並みキャンセルになり、普段24時間走っている地下鉄も今日は11時でストップして再開に備えるそうです。

雪がひどくなる前にと、食料の買出しに近所のスーパーに行くと、同じく買出しに来た人でずいぶん混雑していました。住み始めるまではニューヨークというと都会のイメージだったのですが、気候的には実は厳しい場所なのだなあと大寒波の度に思います。

写真は数日前に降った雪に残っていたネコの足跡ですが、この寒さの中どこかで凌げていますように。。。

雪の嵐の向こうに待っている、春の青空のことを思います。

2014年12月30日火曜日

散文:年末の想い


一年を振り返るとき、様々な想い出と共に「今年もまた一つ歳を取ってしまったなあ」と、少しの悲しみも感じます。

そしてまた、「いやいや、自分が思っていたほど大人になっていない事が不安なのだ!」という気持ちも主張します。

けれども同時に、自分の周りの人が歳を取っていく事もまた、同じように悲しいのだということに気がつきます。

実際の所、彼らは昔より素敵になって、昔よりも幸せそうになっていたりするのに、それでもなんだか少し悲しいのです。

おそらく、かつていた場所から離れていくことは、今いる場所の素晴らしさに関わらず、大なり小なり悲しいもので、そしていつかたどり着く場所に近づいていくことの不安は、大人になれば消えるというものでもないのでしょう。

それなら、しんしん悲しみを感じながら、不安だ不安だと言いながら、いつでも目一杯に生きてやろうではありませんか。いつかは心安らかに来た道を振り返れる時も来るかもしれません。

今年もお疲れさまでした。来年も良い年になりますように。

***********
久しぶりの散文です。いつもぼんやりと歳をとる事の切なさや、年齢に対する焦りの本質は何なのだろうと思っていたのですが、年末の片付けなどしながら、対象を自分から少し外して考えてみると「そういうことなのかな」と思えました。

一年の速さには驚きますが、それでも今年も無事に暮らせたこと、その中で成し遂げられたことなどに対してはありがたい気持ちで一杯です。色々な想い出がありますが、中でもこの夏の一時帰国の際に、大学時代に制作したミュージカル「銀河鉄道の夜」の10周年同窓会をできたことがとても嬉しかったです。私の原点を作ってくれた仲間と再会できて、それぞれの10年を感じて、前向きな力をもらいました。これからの10年も良い時間にしていきたいと思います。

今年もブログを読んで下さって本当にありがとうございました。
みなさまどうぞ良いお年をお迎えください!

2014年12月23日火曜日

植松努氏「思いは招く」


TEDxTalksに素晴らしいプレゼンテーションがあったのでシェアさせてもらいます。

植松電機の創設者の植松努さんの「思いは招く」の講演です。

20分ほどありますが、個人的には「とにかく皆一度は見るべき!」と思っている、素晴らしいお話です。特に夢を前にして進めなくなっている人に対しては、何が問題なのか整理して、背中を押してくれるような、そんなお話ではないかと思います。


私は特に、「自信をとりもどすには、新しいことに挑戦することだ。」というところに共感しました。できるかできないかわからないことに挑戦した結果「できた」という実感を積み重ねると、かといって見るからに「自信満々」になるわけではないのですが、次にできるかできないかわからないことに出会った時に「やってみようかな」という気持ちになりやすくなり、積み重ねるほどにどんどん色々なことに挑みやすくなる気がします。

植松さんの推進されている「だったらこうしてみたら」が、ぜひ流行って欲しいと願っています。


2014年12月21日日曜日

コミュニケーションの機能



昨日ユニオン・スクエアのグリーンマーケットを通りがかったのですが、中にはリースのお店も出ていました。もうあと数日でクリスマスなのだなあと思いながら、個人的にはなんとなく年末の気分の方が勝っている今日この頃です。

ここ数週間は、様々な人と会って話す機会がありました。それまでは楽譜を作ったりなどしてあまり人と会わずに過ごすことが多かったので、色々な刺激をもらってありがたかったです。

ところでその日々の中、コミュニケーションには色んな機能があるんだなと気づくところがありました。大きく分けると、「承認」、「気分の交換」、「情報交換」、「意見交換」、「カウンセリング」、の5つになるかなと思います。小論文のようにになってしまい恐縮ですが…、シェアさせてください。

まず、「承認」と「気分の交換」のコミュニケーションの端的な例は挨拶だなと思います。お互いの存在を認めて敬意や好意を表すと同時に、その時の気分やエネルギーも伝えあいます。

その次の「情報交換」は事務連絡や、軽い世間話などにあたり、これが日常のコミュニケーションの大部分を占めるのではないかと思います。

そして最後の「意見交換」と「カウンセリング」ですが、これは共通する経験や興味、近い価値観を持つ人同士がざっくばらんに話した際などに、様々な物事に対して情報だけでなく意見も交換したくなり、話が盛り上がるというような状況です。またその中でさりげなく悩みごとなども相談したりできれば、カウンセリングの効果もあると思います。

例と組み合わせて区切って考察してしまいましたが、実際の会話の中では相手との相性や関係によって、それらのコミュニケーションの機能が様々なバランスで存在しているのだと思います。食物の栄養素のように、どのコミュニケーションも大切だと思いますが、やはり「意見交換」や「カウンセリング」ができることは少なく、そのような会話が出来た時には本当に有り難いなあと満たされた思いがします。様々なご縁に想いを馳せながら、丁寧なコミュニケーションを心がけていきたいなと思います。