2026年6月30日火曜日

ニックス優勝!

先日ニューヨーク・ニックスが無事五戦目に勝利し、53年ぶりのNBA制覇を成し遂げました!当日の様子とその後の街の活気を書き残しておきたいと思います。

五戦目当日は、友達とブロードウェイにLost Boysを観に行ったので、街中のソワソワ感を感じることができました。

駅で見かけた応援の落書き。

試合時間と上演時間が重なったので、試合の経過を気にしつつ観劇を楽しみ、終演後にタイムズスクエアに向かいました。

残念ながらモニターでの中継はなかったですが、時々映る応援広告に期待が高まります。

試合速報を数秒ごとに携帯電話で確認しながら待つことしばらく、ついに優勝が決まり、友達とハグして喜びました。

「ニックスが勝った!ニックスが勝ったぞー!」と今出会ったばかりの知らない者同士喜びを分かち合っていたり、自然に"Let's go Knicks! Let's go Knicks!"のチャントが始まったりするのなどを見て、普段はスンとしているニューヨーカーたちも、実は屈託なく繋がれるこういう瞬間を待ち望んでのだ、ニックスのおかげで得難い瞬間が街に訪れたなと思いました。(実際に見た街の様子はこのように穏やかでしたが、その後一部暴徒化したファンによってバスが破壊されたりなどしたニュースは残念でした。)

その日のうちに優勝パレードの開催がマムダニ市長より発表され、お祝いムードがますます高まります。

選手や監督のインタビューや、チームの様子を見ているうちに、「こういうチームが優勝してくれてよかった」とすっかり惹かれてしまいました。追い詰められた状況を受け入れた上で最善を尽くすメンタリティーや、チームの為に必要なプレーをする選手が尊敬され、厳しい状況でこそお互いを励まし合うチームの文化にスポットライトが当たって、多くの人の共感を集めていることに希望を感じます。

優勝パレード直前の街ゆく人たち。
街の様子はさながらハロウィーンのようで、ニックスのグッズを身に付けた人でいっぱいでした。

数日後に行われた優勝パレードはバッテリーパークを出発し、「キャニオン・オブ・ヒーローズ」と呼ばれるブロードウェイ沿いを北上して市庁舎(City Hall)まで行進し、その後チームへの「市の鍵」授与式が行われました。当日は近隣で仕事があったので、混雑や交通規制に飲み込まれないように同僚と連絡を取り合って向かい、これもまたワクワクした気持ちになりました。

パレードが通った後の道の様子。まだまだたくさんの人出が見られます。

後にニュースで、City Hallでの授与式ではアリシア・キーズの『Empire State of Mind』のパフォーマンスや、選手や監督のスピーチもあり、晴れやかな祭典になったことを知りました。そしてなんといってもマムダニ市長の歴史に残る8分間のスピーチ — わずか0.4%と言われた勝率をひっくり返した第四戦を引き合いに出し、チームの一人一人の貢献を讃えつつ、ニューヨーク市はいつもそうやって逆境に立ち向かってきたと、街の団結をさらに深める手腕に感激しました。

ホームスタジアムの最寄り駅も、チームカラーでデコレーションされています。
(ちなみにニックスを通して青、白、オレンジがニューヨークのオフィシャルカラーだと知りました。)

そして今日からは、六番街沿いの通りが、対応する背番号にちなんで選手の名前に一時的に命名されるというニュースも入り、お祝いはまだまだ続きそうです。

2026年6月12日金曜日

Knicks in 5!

昨晩NBAのファイナルでNew York KnicksがSan Antonio Spursを相手に29点差をひっくり返す劇的な逆転勝利を納め、街が湧いています。

”Knicks in 5"という掛け声は、全7試合のうち4試合勝ったチームが優勝というルールの中、現在3-1でKnicksが相手チームのSpursをリードしていて、”五戦目で優勝”という意味で、仕事先でもメディアでも、今日はあちこちで聞かれました。

という詳細は今調べて知ったことで、Knicksがこのように大活躍をするまで知りませんでした。そもそもKnicksといえば、もう何十年もずっと負け続けていて、ニューヨーカーは愛を込めてジョークにしているイメージ(レイトショーでもよくネタに使われていたような。。。)だったので、「そんなに強いチームだったの?」「そもそもみんな揃ってそんなにバスケ好きだった?」とようやく興味を持ち始めたところです。

スラムダンク世代なので、バスケへの憧れはありますが、スポーツでここまで街全体が盛り上がるのを見るのは日本〜アメリカでの経験で初めてで(街を歩けば、老若男女問わず10人に一人はKnicksのTシャツを着ているイメージ)、なんだか好ましいなと見ています。友達に連れていってもらって、これまでになんとかバスケ、アイスホッケー、野球の試合は見にいったことがあるのですが、あらためてその経験を振り返って、そもそもアメリカでは地元チームへの愛が基本的に大きいのかもしれません。

ニューヨークを代表するBlack & White Cookiesも、チームカラーのBlue & Orange Cookiesとして売り出されていて、お祝いムードを盛り上げています。 

ちなみに芸術においては、物語を構築することが創作で、物語が生まれる状況を作り出すのが即興かと思いますが、スポーツは後者なんだなあとあらためて思いました。どういう結末になるか誰もわからない中で、キャラクター達とその命運に皆が心を動かされ、一所懸命応援している。そう思うと、人がスポーツに夢中になる気持ちが腑に落ちた気がしました。生まれ方はちがっても、やはり「物語」は人が生きるために必要なものなのだと思います。

チケット代の高さや、Watch Partyが政治的理由でキャンセルされたり、Watch Partyの後に逮捕者が出たり、現実的な問題もありますが、市長のサポートもあり、なんとか多くの人々が一緒になって、工夫をこらしてこの一大イベントを楽んでいるのはとても良いなと思います。

今の政治状況で、苦境に立たされている人たちの日常に複雑な気持ちで思いを馳せつつ、同じような気持ちを抱えて生きている人たちが、今こうして隣人と共に何かに夢中になれている状況は応援したいという気持ちです。

次の試合は土曜日、Knicks in 5が達成なるかどうか。見守りたいと思います。

2026年6月8日月曜日

夢のお惣菜屋さん

仕事場所によって、生活圏以外の場所に行けるのもフリーランスミュージシャンの特典の一つだなと思います。

先日は、オルガニストのサブとして、近年お世話になっているニュージャージーの教会に行ってきました。Korea Townの近くなので、色々と楽しそうなお店があるなとは思っていたのですが、バスを二つ乗り継いで行くのでさっさと帰ってしまうことも多く、そこまで近辺を散策できていませんでした。先日は軽食を持たずに出かけてしまったので(早朝に家を出るので、サービスの直前にとてもお腹が空きます)、サービス前に準備とセットアップをすませて、急遽近辺のお餅屋さんに行きました。

ここは、以前に来たことがあって、早朝でも開いていて助かったのですが、買いたかった小ぶりのお餅は小売はしていないということで、つまみやすそうな小さなお餅の詰め合わせを買ったところ、おまけをつけてくれました(上に載っている小さなお菓子、ぎゅっと凝縮したサータアンダギーのようなお味でした)。小さな親切はありがたいものです。

帰りに、バスの時間を気にしつつも、せっかくだからキムチは買って帰りたいと、少し足を伸ばしてみると、大きなお惣菜屋さんがあり、さまざまなお惣菜がリーズナブルな値段でずらりとならんでいる夢のような状況に嬉しくなりました。マンハッタンだとこの量ではなかなか売っていない上に、倍ぐらいの値段がするだろうなと思うと、ついついキムチ以外にもいくつか買ってしまいました。まだお昼前だったからかお店も混雑しておらず、この落ち着いた雰囲気の中でじっくり選べるのもまた、夢の中で豪遊している時のような(?)感覚を思い起こされる所以です。

ここへのアクセスはバスの難易度が高いので(時刻表も降車ボタンもない民間バスか、スケジュールがあってないような公営バス)、仕事がない時にあえて行く気にはなかなかなれないのですが、行った時には、予定の許す限りもう少し散策してみたいと思いました。

2026年5月19日火曜日

散文:五月の夜

小さなピンチの応酬に
静かに我を失いそうな時
それでも何でもないような顔をして
約束を果たそうとする
その自分を虚ろな目で観察している

そんな時
安心して話せる人との会話に
全力で気持ちを傾ける
ここではない場所に住む
友達からの優しいメッセージに
心を込めて返信する

そのことで
どれだけ助けられたのか
本人達は知る由もないだろうけれど
私はきっと忘れない

*****

フリーランスのありがたいことは、仕事が選べることと、色々な経験ができること、そして常に人との出会いがあることだと思っています。ただ、特に単発で入る仕事はタイミングが読めず、重なる時は自分の作曲活動とも相まって、畳み掛けられるような気分になるのは、未だに慣れないと思ってしまう今日この頃です。

気分の切り替えに苦労していたところ、信頼している人とのやり取りの中で全力で元気をもらっていることに気づきました。仕事での疲れの大半は、人への期待と実際に受け取る反応とのギャップ、そして自分が責任を果たせるかどうかの不安と力の及ばなかった時の申し訳なさ、のような気がします。そしてそこから掬い上げてくれるのもまた、人との関わりなのだなあ、と感じ入りました。(写真はお昼ですが、先日の仕事の合間の一休みの景色です)

2026年4月12日日曜日

散文:深まってゆくもの



友達の顔に、かつてはなかった目尻の皺を認めた。
そのことを愛しく思った。

このような長い付き合いができるとは。
出会った頃には助けてもらうばかりだった関係が、
自分も力になれるようになった。

お互いの人生を付かず離れず見守りながら、
一緒に年を重ねていけるとは。

前よりも更に柔和になった笑顔を見つめながら
そんなことを思ったのは秘密。

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自分に対しても、自分の身近な人に対しても、歳を重ねることに切なさを感じることがあります。でもそれは、お互い元気にやっていて、比べる過去があるほど長い期間に渡って関係を築いてこられたからなのだ。そう気づいた途端、とても愛しく誇らしい気持ちになりました。