2025年8月3日日曜日

第九回:日本からBMIワークショップを目指す方へ

※2025年8月5日 3:16am(EDT)に一部加筆・修正しました。

先日8月1日、BMI Lehman Engel Musical Theatre Workshop の ソングライティング・ワークショップ (以下「BMI ワークショップ」または単に「ワークショップ」と記します)が、今年の応募締切を迎えました。

私自身、2015年に ワークショップの2nd Year Workshop を卒業し、Advanced Workshop に進んでから、気づけば 10 年が経ちます。

以前こちらのブログで、そのプログラムの概要やミュージカル・ソングライティングについて、全8回の記事を投稿したのですが(下記リスト参照)、ありがたいことに今でも読んでくださる方がいて、時折お問い合わせをいただくこともあります。皆さんが真剣にご検討くださっていることが嬉しく、これまでは可能な限り個別にお答えしてきました。

ただ、対応が徐々に難しくなってきたこと、そして今年が自分にとって10年目という一つの節目であることから、これまでの記事の補足も兼ねて、今回は特に「日本から応募を検討している方」に向けた視点で、改めてまとめてみることにしました。本当は今年の締切前にお届けしたかったのですが、多忙のため間に合わず、申し訳ありません。少々長く、現実的な内容が中心になりますが、興味をお持ちの方の参考になれば幸いです。

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まず最初にお伝えしたいのは、BMIワークショップの「教育機関としての位置づけ」についてです。端的に言えば、このプログラムは、アメリカのミュージカル業界でプロのライターとして活動することを目指す人のために設けられた、実践的なトレーニングの場です。

ワークショップでは、参加者に高い才能と強いコミットメントが求められる一方で、学費は無料です。つまり、次世代のアメリカ・ミュージカルの創造を担う人材を育成するという目的のもと、主催側が参加者に対して大きな「投資」を行っているプログラムであると言えるかもしれません。そのため、教育プログラムでありながらも、参加者にはプロとしての姿勢と責任感を持って臨むことが求められます。実際、参加者の中には、すでにエンターテインメント業界で活躍しているプロフェッショナル――たとえば現役のブロードウェイ音楽監督や俳優、ストレートプレイや映画の脚本家など――も多く含まれています。

こうした「プロの育成」を目的とするプログラムの性格上、参加者には環境面・実務面の両方で高い自立性が求められます。また、大学のように国際的な応募を前提とした制度ではないため、ビザの発行や語学サポートといった支援は一切なく、どのようなバックグラウンドの方であっても、2年間にわたるプログラムに確実にコミットできる環境を自ら整える必要があります。

アメリカ国内からの応募であっても、オーディションの結果が出次第ニューヨークに2年間住む準備を整えることは並大抵のことではありません。さらに日本から応募される場合は、アーティストビザなど学生ビザ以外の手段を検討する必要があり、その取得には多大な労力と時間がかかります。加えて、実際に参加するにあたっては、英語を母語とし多様なバックグラウンドを持つクラスメートと即座に対等に意見を交わせるだけの高いコミュニケーション能力も求められます。

このような前提を踏まえると、オーディションではソングライティングの才能だけでなく、プログラムへの確実な参加が可能かどうか、計画性を含めた総合的な観点から評価が行われることになります。つまり、審査の結果は才能の有無だけで決まるわけではありません。そのため、「力試し」といった意味合いで受験されることには、あまり意義があるとは言えず、おすすめできません。応募される際は、参加への意思と準備がしっかり整ってからの方が、準備にかかる労力や時間の面でも、実際に得られる学びの質という点でも、有意義な結果につながると思います。

ちなみに私自身は大学院留学から始め、学生ビザを取得し、数年かけてアーティストビザに切り替えられたタイミングで受験しました。時間はかかりましたが、おかげである程度英語でのやりとりにも慣れた状態で参加できたのはよかったと感じています。ただ、年々ビザの要件も厳しくなっているので、参加できたのは非常に幸運だったとも思っています。

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以前ご質問いただいたこともあり、作曲家として応募を検討されている方に、特にお伝えしておきたい点を4つほど挙げさせていただきます。

1)ワークショップでは、作曲そのものや編曲についてのレクチャーは基本的にありません。参加者はそれまでに培った作曲(ソングライティング含む)の経験をもとに臨むことになります。

2)オーディションやクラスでのプレゼンテーション時には、楽譜(歌パート+ピアノ伴奏)を提出する必要があり、記譜ソフトウェアを使って譜面を作成できるスキルが求められます。

3)ピアノ演奏スキルについては、作曲家自身が必ずしも自分で伴奏したり弾き歌いをする必要はありません。オーディション時に他の方に演奏を依頼しても問題ありません。ただし、作詞家とのスムーズなコラボレーションのため、ソングライティングの過程で随時ピアノを弾いたり歌ったりしてデモンストレーションができることは大きなプラスとなります。

4)オーディションの提出要項として、BMIワークショップのウェブサイトには"Three contrasting compositions"(2025年8月2日現在)と記載されていますが、これはつまり、「異なる曲調の歌を3曲提出すること」を意味します。歌詞の言語に明確な指定はありませんが、ワークショップ自体が英語でのソングライティングを前提としているため、実際には英語の作品が期待されているのが現状です。私の場合は、受験前にニューヨークで出会った作詞家に英語詞を提供してもらい、それに曲をつけて応募しました。

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こうして書いてみると、改めてアメリカ国外からの受験にはさまざまなハードルがあると感じます。

しかし、この10年間の間に、私も含め数名の日本人作曲家がワークショップに参加しており、私が直接知っているだけでも、韓国、インド、イギリス、オーストラリアなど、アメリカ以外の国からの参加者も多数います。

こうした大きな困難を乗り越えて参加する国際的なライターたちの存在と、彼らを受け入れるワークショップのオープンな姿勢が、プログラムの多様性を支えていることをとても心強く感じています。

色々と厳しい現状もご紹介しましたが、この投稿は決して「参加してみたい」というお気持ちを挫くためのものではない、ということをご理解いただければ幸いです。節目の投稿ということもありますが、現在の混沌としたアメリカの状況により、ビザの取得はもちろん、日本とアメリカ間の行き来にも不安が伴う今、ご自身の目的に合った判断の一助となればという思いが強まったことも、この投稿を書かせていただいた大きな理由の一つです。

私の経験では、ワークショップの最大の強みは、ソングライティングの知識やスキル以上に、アメリカに根差したコラボレーターとの出会いや、作家たちとのコミュニティとの繋がりが得られる点にあると強く感じています。参加し、その後アメリカのミュージカル業界で作品を書いていきたいと考えている方にとっては、参加のためのさまざまな困難を乗り越えるだけの価値がある経験だと思います。

一方で、もし最終的に日本のミュージカル業界での活動を目指されていたり、知識や技術の習得が主な目的である場合は、近年オンラインでアクセスできるリソースが10年前に比べて格段に増えているため、そうしたリソースをフルに活用するという選択肢も十分に考えられると思います。

動画アーカイブとしては、例えばMaestra ReplayASMAC Event VideosDGF Legacy ProjectCareer Guides by American Theatre Wingなどがあります。

また、少しご案内になってしまいますが、私自身も、作曲家・奥田祐さんが立ち上げられたNPO法人ミュージカルライターズジャパン(MWJ)を通じて、ミュージカル・ソングライティングに関するワークショップをいくつか担当させていただきました。その模様は、オンデマンド動画としてご覧いただけます。

これらのワークショップは、上記のようにBMIワークショップへの参加が非常に複雑なプロセスであることを踏まえ、「日本にいながらでも学べる場をつくる」という思いから取り組んだものです。ご興味のある方は、ぜひご視聴いただければ幸いです。

最後になりますが、BMIを目指す方へ。

私はあくまで一参加者としての立場から、所属を通じて得たワークショップへの理解を、できるだけバランスの取れた視点でお伝えするよう努めてきましたが、最終的にはここで述べたことも私見の域を出るものではありません。また、日々進化しているプログラムのすべてを正確にお伝えすることは難しいため、より詳細かつ最新の情報が必要な場合は、公式ウェブサイトから直接お問い合わせいただくのが確実かと思います。

ミュージカル作家を目指す皆さまが、ご自身に合った道を見つけ、この世界にまた新たな素晴らしい作品が生まれていくことを、心より願っています。


※なお、ウェブサイトの不具合により、以前にいただいていたご質問にタイムリーにお返事できなかった方がいらっしゃいました。せっかくご連絡いただいたにもかかわらず、対応が叶わず申し訳ありません。時間も随分経ってしまいましたので、個別のご連絡は控えさせていただきますが、もし再びこのブログをご覧いただけることがあれば、この記事がささやかながらもお返事の代わりとなれば幸いです。