2026年9月10日木曜日

読書する人

 

"To Kill a Mockingbird"を読み終わりました。英語で書かれた小説を読み切ったのはこれが初めてで、物語の余韻と共に達成感に浸っています。

読書家の友達が、会う度に「今何読んでるの?」と聞いてくれるのですが、これと答えられないことが多く、それを変えたいなとお勧めを聞いたところ、選んでくれたのがこの本で、数ヶ月前から読み進めていました。

アメリカでの生活も18年目になり、英語を使うことへのソワソワ感は随分和らいできたと感じます。ただ、ミュージカルや映画で触れる機会があった以外には、自発的に小説を読むということをしてきておらず、友人たちが読んできたアメリカ文学のほとんどを知らないのだなあと思うと、急にまたソワソワしてきます。たとえ一冊読んだところで。。。という気もしますが、そういう時に思い出す高校時代の思い出があります。

校外学習で大阪の国立民族学博物館に行ったのですが、友人と自由に見て回った後、集合時間になって『校外学習のしおり』の中に「展示物の中の何か一つで良いからメモをしなさい。校外学習後、最初の地理の授業に持ってくること。」という欄があったことに気づきました。

校外学習なので当然な流れですが、「何もメモしていない…」と真っ青になりました。ただ、友達と名前の音が気に入って、やたらと盛り上がった「モッキロギ」という鳥の置物があったことを思い出し、ひたすらそれを全面に押し出して乗り切りました(と信じています)。

国立民族学博物館の、オセアニア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジアに及ぶ充実した常設展示の中で、何を見たかと問われて一つしか名前が上げられないというのは、我ながらなんて暢気だったのだろうと思いますが、でも逆に「一つあるだけでも違う」ということを強く感じた出来事でもありました。

アメリカ文学の世界も広大ですが、一つ読んだという経験をとっかかりにして、私も「本を読む人」になっていきたいと思います。

2026年9月7日月曜日

演奏動画:Suite for Creative Pianists

パンデミック中に、Abundant Silenceからの委嘱で作曲したピアノ組曲、Suite for Creative Pianistsの演奏動画をYouTubeにアップロードしました。

楽譜を見ながら音源が聴けるScore followerのビデオは上げてあったのですが、楽章別のビデオもとずっと作りたいと思っていて、ようやくタイミングを見つけて作成することができました。

パンデミックの最中、先行きが見通せない中で、Abundant Silenceがこの委嘱を打診してくれて、そしてクラウドファンディングを通して多くの方にサポートして頂いて完成したこの組曲には、殊更思い入れがあります。聴いて頂けたら嬉しいです。





2026年9月5日土曜日

筆跡

(内容には関係ないのですが、先日夏の名残で食べて美味しかったジェラートです。)

子どもの頃、学校の授業中に指名されて黒板にチョークで書いた字が、歪ながらも自分の字だなと認識できることを不思議に思いました。

字を書く、という経験のほとんどを鉛筆でノートに書くことで積み上げてきて、チョークで黒板に書く経験は数回しかしていないのに、それでも筆跡というのは一貫しているのかと。結局自分の中にある「この字はこんな形、こういうふうに書きたい」という価値基準が一貫しているからかと納得しました。

そう考えると、持っている価値基準と、それを出力できる能力の間には、多かれ少なかれギャップがあるんだろうなとも思われて、言うなれば、トップクラスの演奏家などは、価値基準そのもの(芸術性)とそれを安定して体現する技術と精神力を極めた人たちかと思います。

そのようなレベルではないながら、自分もピアノと共に人生を歩んでくることができて「こう弾きたい」という価値基準はそれなりにあるのだけれど、それを100%体現できているわけでもないのだよな、と思いつつ、人生もそうかなとも思います。

色々な人との出会いや経験の中で「こういう人になりたい。こういう人でありたい。」という価値観を更新しながら、だんだん上手になったり、調子が悪い日にはそう振る舞えなかったり。そういうことを繰り返して、その人が「こんな人だった」という軌跡が残っていくのかなと。

ヒット曲、"9 to 5"の作者としても有名なドリー・パートン(偉大なシンガーソングライターであると同時に、多大な音楽収益を人々に還元した人道支援家)が先日亡くなったのですが、追悼で様々な名言が取り上げられる中、雑誌『ピープル』(People)のインタビューの中で "I'm a very professional Dolly Parton."と語っているのを聞いて、彼女の見事な生き様も合わせて、自分も自分の専門家として人生を重ねて行きたいと思いを新たにしています。

2026年8月28日金曜日

夏の思い出


気がつけば8月も終盤、夏が終わろうとしています。

今年の夏は色々なところを旅することができました。主に親しい人々を訪ねてだったのですが、皆にとっては普段のままの忙しい生活の中から時間を割いて一緒に過ごしてくれて、近況や色々な話ができて、とてもありがたかったです。

そして色々な都市を訪れて思ったことは、月並みながら「世界は広い」でした。どれだけ滞在時間が短くても、その場に立てばその環境に気分が即座に適応するようで、場所の圧倒的な強さを感じました。地球の広さは認識するには大き過ぎて、移動した距離よりも、立ち寄って時間を過ごした場所を点として認識することしかできないように思います。そう考えると、点の数が多いほど「広い」世界を持っているとも言えるのかなとも思います。もちろん点が離れるほど環境は違うでしょうけれど、以前、散文:たくさんの世界にも書いたように、そこまで遠くに行く必要もないのかもしれません。

そして地球がどれだけ広くても、それを内面化していくのは自分次第なのかなあと思います。逆に「大変だー!」と思う状況も、世界で起こっているというより、自分の頭の中で主に起こっていることも多いのかも。。など、考える材料をたくさんもらった夏でした。


2026年7月6日月曜日

ピアノ連弾曲集 "Side by Side"

Red Leaf Pianoworksの初めての連弾曲集が発売になりました!

Side by Side cover art

私もこの為に書き下ろした初級者の為の”Cherry Blossom Walk”で参加しています。うららかな春の日に、家族や友人など親しい人たちと、桜並木を通り抜ける時の高揚感を描きました。できるだけ難易度を抑えて書いたところ、1番目に載せてもらうことになったので、曲集を手に取ってくれた先生方や生徒さんへの「ようこそ!」という曲になれて嬉しいです。

今回は私は参加しなかったのですが、先日テキサスのカンファレンスでお披露目となり、参加したRed Leafのメンバーがイベントの様子を記録してくれていました。先着順で参加した先生方が新作の連弾曲を一斉に初見で弾いていくというイベントで、参加者は楽譜を持って帰れる為人気のイベントなのだそうです。良い連弾曲集のレパートリーはいくらあっても困らないので(自分も楽譜屋さんに行く度に探しています)、先生方からも需要が高いのだなと思います。ぜひご覧ください!

ご興味を持っていただけた際には、楽譜はこちらから、そして全曲のプレイリストはこちらからご覧頂けます。

2026年6月30日火曜日

ニックス優勝!

先日ニューヨーク・ニックスが無事五戦目に勝利し、53年ぶりのNBA制覇を成し遂げました!当日の様子とその後の街の活気を書き残しておきたいと思います。

五戦目当日は、友達とブロードウェイにLost Boysを観に行ったので、街中のソワソワ感を感じることができました。

駅で見かけた応援の落書き。

試合時間と上演時間が重なったので、試合の経過を気にしつつ観劇を楽しみ、終演後にタイムズスクエアに向かいました。

残念ながらモニターでの中継はなかったですが、時々映る応援広告に期待が高まります。

試合速報を数秒ごとに携帯電話で確認しながら待つことしばらく、ついに優勝が決まり、友達とハグして喜びました。

「ニックスが勝った!ニックスが勝ったぞー!」と今出会ったばかりの知らない者同士喜びを分かち合っていたり、自然に"Let's go Knicks! Let's go Knicks!"のチャントが始まったりするのなどを見て、普段はスンとしているニューヨーカーたちも、実は屈託なく繋がれるこういう瞬間を待ち望んでのだ、ニックスのおかげで得難い瞬間が街に訪れたなと思いました。(実際に見た街の様子はこのように穏やかでしたが、その後一部暴徒化したファンによってバスが破壊されたりなどしたニュースは残念でした。)

その日のうちに優勝パレードの開催がマムダニ市長より発表され、お祝いムードがますます高まります。

選手や監督のインタビューや、チームの様子を見ているうちに、「こういうチームが優勝してくれてよかった」とすっかり惹かれてしまいました。追い詰められた状況を受け入れた上で最善を尽くすメンタリティーや、チームの為に必要なプレーをする選手が尊敬され、厳しい状況でこそお互いを励まし合うチームの文化にスポットライトが当たって、多くの人の共感を集めていることに希望を感じます。

優勝パレード直前の街ゆく人たち。
街の様子はさながらハロウィーンのようで、ニックスのグッズを身に付けた人でいっぱいでした。

数日後に行われた優勝パレードはバッテリーパークを出発し、「キャニオン・オブ・ヒーローズ」と呼ばれるブロードウェイ沿いを北上して市庁舎(City Hall)まで行進し、その後チームへの「市の鍵」授与式が行われました。当日は近隣で仕事があったので、混雑や交通規制に飲み込まれないように同僚と連絡を取り合って向かい、これもまたワクワクした気持ちになりました。

パレードが通った後の道の様子。まだまだたくさんの人出が見られます。

後にニュースで、City Hallでの授与式ではアリシア・キーズの『Empire State of Mind』のパフォーマンスや、選手や監督のスピーチもあり、晴れやかな祭典になったことを知りました。そしてなんといってもマムダニ市長の歴史に残る8分間のスピーチ — わずか0.4%と言われた勝率をひっくり返した第四戦を引き合いに出し、チームの一人一人の貢献を讃えつつ、ニューヨーク市はいつもそうやって逆境に立ち向かってきたと、街の団結をさらに深める手腕に感激しました。

ホームスタジアムの最寄り駅も、チームカラーでデコレーションされています。
(ちなみにニックスを通して青、白、オレンジがニューヨークのオフィシャルカラーだと知りました。)

そして今日からは、六番街沿いの通りが、対応する背番号にちなんで選手の名前に一時的に命名されるというニュースも入り、お祝いはまだまだ続きそうです。

2026年6月12日金曜日

Knicks in 5!

昨晩NBAのファイナルでNew York KnicksがSan Antonio Spursを相手に29点差をひっくり返す劇的な逆転勝利を納め、街が湧いています。

”Knicks in 5"という掛け声は、全7試合のうち4試合勝ったチームが優勝というルールの中、現在3-1でKnicksが相手チームのSpursをリードしていて、”五戦目で優勝”という意味で、仕事先でもメディアでも、今日はあちこちで聞かれました。

という詳細は今調べて知ったことで、Knicksがこのように大活躍をするまで知りませんでした。そもそもKnicksといえば、もう何十年もずっと負け続けていて、ニューヨーカーは愛を込めてジョークにしているイメージ(レイトショーでもよくネタに使われていたような。。。)だったので、「そんなに強いチームだったの?」「そもそもみんな揃ってそんなにバスケ好きだった?」とようやく興味を持ち始めたところです。

スラムダンク世代なので、バスケへの憧れはありますが、スポーツでここまで街全体が盛り上がるのを見るのは日本〜アメリカでの経験で初めてで(街を歩けば、老若男女問わず10人に一人はKnicksのTシャツを着ているイメージ)、なんだか好ましいなと見ています。友達に連れていってもらって、これまでになんとかバスケ、アイスホッケー、野球の試合は見にいったことがあるのですが、あらためてその経験を振り返って、そもそもアメリカでは地元チームへの愛が基本的に大きいのかもしれません。

ニューヨークを代表するBlack & White Cookiesも、チームカラーのBlue & Orange Cookiesとして売り出されていて、お祝いムードを盛り上げています。 

ちなみに芸術においては、物語を構築することが創作で、物語が生まれる状況を作り出すのが即興かと思いますが、スポーツは後者なんだなあとあらためて思いました。どういう結末になるか誰もわからない中で、キャラクター達とその命運に皆が心を動かされ、一所懸命応援している。そう思うと、人がスポーツに夢中になる気持ちが腑に落ちた気がしました。生まれ方はちがっても、やはり「物語」は人が生きるために必要なものなのだと思います。

チケット代の高さや、Watch Partyが政治的理由でキャンセルされたり、Watch Partyの後に逮捕者が出たり、現実的な問題もありますが、市長のサポートもあり、なんとか多くの人々が一緒になって、工夫をこらしてこの一大イベントを楽んでいるのはとても良いなと思います。

今の政治状況で、苦境に立たされている人たちの日常に複雑な気持ちで思いを馳せつつ、同じような気持ちを抱えて生きている人たちが、今こうして隣人と共に何かに夢中になれている状況は応援したいという気持ちです。

次の試合は土曜日、Knicks in 5が達成なるかどうか。見守りたいと思います。

2026年6月8日月曜日

夢のお惣菜屋さん

仕事場所によって、生活圏以外の場所に行けるのもフリーランスミュージシャンの特典の一つだなと思います。

先日は、オルガニストのサブとして、近年お世話になっているニュージャージーの教会に行ってきました。Korea Townの近くなので、色々と楽しそうなお店があるなとは思っていたのですが、バスを二つ乗り継いで行くのでさっさと帰ってしまうことも多く、そこまで近辺を散策できていませんでした。先日は軽食を持たずに出かけてしまったので(早朝に家を出るので、サービスの直前にとてもお腹が空きます)、サービス前に準備とセットアップをすませて、急遽近辺のお餅屋さんに行きました。

ここは、以前に来たことがあって、早朝でも開いていて助かったのですが、買いたかった小ぶりのお餅は小売はしていないということで、つまみやすそうな小さなお餅の詰め合わせを買ったところ、おまけをつけてくれました(上に載っている小さなお菓子、ぎゅっと凝縮したサータアンダギーのようなお味でした)。小さな親切はありがたいものです。

帰りに、バスの時間を気にしつつも、せっかくだからキムチは買って帰りたいと、少し足を伸ばしてみると、大きなお惣菜屋さんがあり、さまざまなお惣菜がリーズナブルな値段でずらりとならんでいる夢のような状況に嬉しくなりました。マンハッタンだとこの量ではなかなか売っていない上に、倍ぐらいの値段がするだろうなと思うと、ついついキムチ以外にもいくつか買ってしまいました。まだお昼前だったからかお店も混雑しておらず、この落ち着いた雰囲気の中でじっくり選べるのもまた、夢の中で豪遊している時のような(?)感覚を思い起こされる所以です。

ここへのアクセスはバスの難易度が高いので(時刻表も降車ボタンもない民間バスか、スケジュールがあってないような公営バス)、仕事がない時にあえて行く気にはなかなかなれないのですが、行った時には、予定の許す限りもう少し散策してみたいと思いました。

2026年5月19日火曜日

散文:五月の夜

小さなピンチの応酬に
静かに我を失いそうな時
それでも何でもないような顔をして
約束を果たそうとする
その自分を虚ろな目で観察している

そんな時
安心して話せる人との会話に
全力で気持ちを傾ける
ここではない場所に住む
友達からの優しいメッセージに
心を込めて返信する

そのことで
どれだけ助けられたのか
本人達は知る由もないだろうけれど
私はきっと忘れない

*****

フリーランスのありがたいことは、仕事が選べることと、色々な経験ができること、そして常に人との出会いがあることだと思っています。ただ、特に単発で入る仕事はタイミングが読めず、重なる時は自分の作曲活動とも相まって、畳み掛けられるような気分になるのは、未だに慣れないと思ってしまう今日この頃です。

気分の切り替えに苦労していたところ、信頼している人とのやり取りの中で全力で元気をもらっていることに気づきました。仕事での疲れの大半は、人への期待と実際に受け取る反応とのギャップ、そして自分が責任を果たせるかどうかの不安と力の及ばなかった時の申し訳なさ、のような気がします。そしてそこから掬い上げてくれるのもまた、人との関わりなのだなあ、と感じ入りました。(写真はお昼ですが、先日の仕事の合間の一休みの景色です)

2026年4月12日日曜日

散文:深まってゆくもの



友達の顔に、かつてはなかった目尻の皺を認めた。
そのことを愛しく思った。

このような長い付き合いができるとは。
出会った頃には助けてもらうばかりだった関係が、
自分も力になれるようになった。

お互いの人生を付かず離れず見守りながら、
一緒に年を重ねていけるとは。

前よりも更に柔和になった笑顔を見つめながら
そんなことを思ったのは秘密。

*******

自分に対しても、自分の身近な人に対しても、歳を重ねることに切なさを感じることがあります。でもそれは、お互い元気にやっていて、比べる過去があるほど長い期間に渡って関係を築いてこられたからなのだ。そう気づいた途端、とても愛しく誇らしい気持ちになりました。

2026年4月10日金曜日

「人間だもの」

他者の自分に対する対応は、必ずしも自分の振る舞いや意図への妥当な評価とは限らない、とは分かっていても、やはり人に冷たくされれば堪え、優しくされればほろりとなるのが「人間だもの」と思います。

先日友人のミュージカルのリーディングを観に行って、そこで隣り合わせた人との一期一会に後者を実感しました。

会場はニューヨークのミッドタウンのディナーシアターで、テーブル席が所狭しと並んでいる奥にステージのあるキャバレークラブでした。四人がけの丸テーブルに、チケットと到着時間によって順に案内されるので、一人で行くと自然と相席になります。(誰かと誘い合わせて行けば良いのですが、思いついたら割と一人で行ってしまいます。)相席になったのは感じの良い女性二人で、席についてそれぞれメニューを見たりして雰囲気を探っていると、どうやら二人は共通の知り合いがいるようで、会話が弾み始めました。そういうことならと、あえて気を遣わせないように黙々と注文したお料理を食べたりして開演前の時間を過ごしていました。いざショーが始まるとなった時に、演出の一環で、直前に各テーブルに配られていた飴を観客全員で食べる、という瞬間がありました。状況が完全には把握できずに躊躇っていた私に、すっと隣の女性がテーブル上の飴を一個私の方に差し出してくれました。思いがけない親切にありがとうと見上げると、なんてことないといった穏やかな笑顔で応えてくれました。おかげで私もその遊び心溢れる瞬間に参加することができて、飴の美味しさと、その人の優しさをしみじみと感じながら、会場と一体となってショーを楽しむことができました。気にしていないつもりでしたが、アウェーな場所で一瞬不安になった時に、誰かが気にかけて輪に招き入れてくれたことが深く心に沁みました。

冒頭の話に戻ると、今回傾けてもらった親切は私の存在への評価ではなく、あきらかに彼女の人徳です。それでいて、それに触れた私は大いに癒されました。そういう、さりげなく大きなインパクトのある親切は、とても尊いものだと思います。自分もそういう風に人に接することができるようになりたいものです。

2026年4月9日木曜日

カンファレンスを経て思ったこと

先日無事に、シカゴで行われた音楽教育のカンファレンスに、Red Leaf Pianoworksの一員として参加することができました。

ブースを訪れて下さった方が、私の楽譜集を目の前で手に取って、じっくりと最後までページをめくって、そしてお会計に持ってきて下さった時の感慨は、これまで感じたことのないものでした。実際に弾いて気に入ってもらえるといいな、長く弾いてもらえる曲が見つかるといいなあ、と願いを込めながらサインをさせてもらって送り出しました。

カンファレンスに参加してよかったことのもう一つは、Red Leaf Pianoworksの作曲家の仲間と初めて実際に会って、ブースを切り盛りしたり、ショーケースをしたり、設営・撤収したりという実務の合間に、作曲やピアノ教室の運営、そして人生についても様々な話をできたことです。Red Leaf Pianoworksのメンバーはカナダ在住の作曲家が多いものの、世界各国に根ざしています。こんなにいろんなところで生きている人たちが、音楽を通して出会って、お互いに深く共感できることに感激しました。

そして個人的に思ったこととして、現在自分はミュージカル、コンサート音楽、教育的ピアノ音楽、という三つのジャンルに、それぞれコミュニティーを通して作曲家として関わらせてもらっているのだなということでした。一つのジャンルを自分の居場所と定めて、作品を重ね作風を深めている作曲家を尊敬しますし、どのジャンルにおいても自分はど真ん中ではない、と感じて肩身の狭い思いをすることも多々あります。一方で、あるジャンルで学んだことを他のジャンルでの作曲にも応用できるのは楽しいですし、自分の歩んできた軌跡のユニークさでもあるかな、と思えるようにもなってきました。

NPOに関わる活動も段々と増え、更に尊敬するアーティストをfeatureする活動にも興味を持っているのですが、自分自身の作曲も、もっと積極的に重ねていきたいなとの思いを新たにしました。

最後に、一緒にカンファレンスを過ごしたRed Leafの仲間達の、楽譜の集合写真を添えて…。


2026年3月16日月曜日

ピアノ小曲集

2024年から、Red Leaf Pianoworksという作曲家集団に参加させてもらっています。主にカナダとアメリカを拠点に活動する作曲家が所属していて、ピアノを学ぶ人たちに向けて新しい作品を生み出すことに情熱を傾けています。

毎年この団体を通して、一冊ずつピアノ小曲集を出させてもらっていて、この度ようやく三冊目を出版することができました。先日プリントに出して、仕上がった楽譜を受け取ると、やはり感慨深いものがあります。

毎回テーマを選んで曲を構成するのですが、今回のコレクションは「リズムとグルーヴ」を中心にGroove Studiesというタイトルで8曲を集めました。楽譜付きのビデオと、一曲ずつの演奏ビデオの一曲目をご紹介させて頂きます。


今月、音楽教育に携わる人々が一堂に会するカンファレンスにRed Leaf Pianoworksの代表として参加するので、そちらに間に合うようにこの数ヶ月間取り組んできました。

アメリカが混乱を極める現在、自分にできることは何かと自問する中で、必ずしも社会派ではないこの作品作りにこだわることへの葛藤もありました。それでも、どんな作品でもその時の自分の集大成なのだから、全力で作り上げることは機会に恵まれたことへの責任でもある、と思うに至りました。

できるだけ広く、多くのピアノを愛する皆さんにお届けしたいと思います。

2025年11月11日火曜日

Dear New York

NYは昨日あたりからぐっと冷え込み、今朝には今シーズン初の雪がちらつき、秋がすっかり終わってしまったのだなあと少し寂しい気持ちです。

ここのところ立て込んでいたのがようやく一段落したので、書きたかったことを投稿していきたいと思います。

先月になりますが、Dear New Yorkというニューヨーカーを取材した写真集の出版を記念した大規模な展示・インスタレーションがありました。10/6から10/19まで、グランドセントラル駅のすべての広告が取り下げられ、駅全体でその写真集の展示、および諸々の関連イベントが行われ、私も会期ギリギリに立ち寄って堪能してきました。

Dear New Yorkは、写真家のBrandon Stantonさんが2010年から続けているHumans of New Yorkという、一万人のニューヨーカーのポートレイトを撮ることを目指して始まったプロジェクトの最新の写真集で、ニューヨークに暮らす人々のごく自然な表情をとらえた写真の美しさと力強さ、そして写真に添えられる被写体となった人々の口から語られるストーリーが共感と支持を集めてきました。私自身も、facebookが主な発表先であった頃から(現在はInstagramもあります)、新しいポートレイトが発表される度に楽しみに読んできました。

プロジェクトは年々規模を拡大し、ニューヨークだけでなく、オバマ政権化のホワイトハウスにも招待され、イランを始めとした12カ国での撮影・インタビューも経て、15年目の今年には当初の目標であった一万人の撮影を超え、進化を続けています。

Dear New Yorkの今回の大規模な展示も、多くの機関のやアーティストの協力を経て実現し、ニューヨーカーおよび人間性への讃歌とも言える素晴らしいイベントでした。少し様子を写真でご紹介させて頂きます。


大きくプリントアウトされた写真が駅構内に展示されている様子は壮観です。

立ち止まって写真とインタビューに見入る人もたくさん見られました。

インタビューはじっくりと深いものから素朴なものまで、いずれも味わい深いです。

写真だけで心が満たされるものもたくさんあります。

大きな展示スペースだけではなく、柱スペースや

改札部分も、普段は広告で満たされているスペースがすべて展示に変わっています。

美しい天井で有名なメインコンコースでは、壁にポートレートが映し出される中、スタインウェイ提供のピアノをジュリアードの生徒が交代で演奏していました。

駅の売店ではもちろん写真集が売られていて、駅を通して体験できる展示でした。


ちなみにこの日は早めに出かけて、朝の仕事に行く前に、以前から行ってみたかったアイリッシュソーダブレッドのお店に寄って朝ご飯を食べました。

外はカリカリの焼きたてスコーンに、挟まれた自家製のジャムとバターが絶妙に良く合い、幸せな朝食でした。

そしてお店のカウンターにはDear New Yorkも!

仕事の合間を縫ってでしたが、思い出深い秋の日になりました。

2025年10月6日月曜日

ピアノで歌うということ

数年前から伴奏の仕事をしているのですが、先日声楽のレッスンで歌の先生が「ピッチを頭の中で考えただけで、自動的に声帯がその音を出すのに適した長さに調整される。」とおっしゃっていて、人体の高機能ぶりに改めて感じ入りました。

思えば口笛を吹けることだって、触っただけで紙が一枚なのか二枚重なっているのかを識別できることだって、実にすごいことです。

ピアノを弾く時にも、特にデクレッシェンドをする場合、音が減衰する速度に合わせて、どれぐらいの音量で次の音を弾きたいのかをイメージし、鍵盤への指の置き方とタイミングでそれを実行するわけで、いくつもの認知と筋肉のコントロールを同時に行なってようやくできていることなんだなと思います。

というのもこの間、モーツァルトの『レクイエム』より「ラクリモーサ」のピアノアレンジを作ったのですが、コーラスとオーケストラで歌い上げられるこの曲のメロディーをピアノで再現するには、その「次の音をどう置くか」が特にとても重要で、色々なことを思いながらデモ演奏を作りました。よければぜひご覧いただけたら嬉しいです。




2025年10月3日金曜日

Capricious March

先日紹介させてもらったコンサート全体のビデオにも含まれているのですが、演奏してくれたピアニストのDanielが、Capricious March(気まぐれな行進)単体でのビデオも自身のYouTubeにを載せてくれたので、改めてご紹介させて頂きます。


この曲は、小学校時代の日常を元に着想した曲で、登校中の子どもたちが水たまりに飛び込んで水遊びをしたり、出てきたカエルを追いかけたりして散々道草を食った挙句、ついにその日学校に遅れたくない理由(席替え等)を思い出して学校に駆け込んでいく、というお話を描いています。

私自身はそこまでやんちゃではなく、淡々と友達と学校に通っていた方ですが、それでも学校に着くまで友達と過ごす時間はある意味特別だったなあと思います。ちなみにアメリカでは小学生だと親が学校に送り迎えするか送迎バスで通うのが普通なので(子どもだけで登下校させると親が罰せられるのだったと思います 汗)、コンサートでは「日本では。。。」という説明を忘れないようにしています。

ちなみに、曲中にカエルが出てくることを説明してあったので、Danielがカエル出現の瞬間にビデオにイラストを入れてくれています(笑)


実はこの曲を今、私のピアノの生徒さんも弾いてくれていて、テクニック的にはまだ少し背伸びしながらですが、気に入ってくれているようで、根気強く時間をかけて取り組んでくれていてとても嬉しいです。

バルトークに触発されて、少し不思議な世界観をピアノでユーモラスに描いてみたいとこの書いた曲が、ピアニストやピアノの生徒さんに弾いてもらえているのを目撃することができて、作曲家として大変光栄です。ぜひビデオをご覧いただけたら嬉しいです。

2025年10月1日水曜日

朝日を観に

先日久しぶりにゆっくりな朝があったので、ちょっと特別なことがしたいけれどそんなに時間もない、ということで近所の公園に朝日を見に行ってきました。

実は朝日が昇るのを見たことがなかったので少しハラハラしながら、ひとまず早起きして外に出てみると地平線のあたりはすでに明るくなりはじめていたので、夜の緊張感を持ってささっと公園に向かいました。

景色を見渡せるところまで着くと、まだ青と赤のコントラストがくっきりとしていました。


待つこと十数分、どんどん空が白んでくるものの、太陽が見えないなあと思っていると、

あ、ここかな!

そして数分後には眩しいくらいに太陽が昇ってきました。

なるほど、日の入りの本当に反対なんだな、と思いました。頭ではわかっていても、西に沈んだ太陽はまた西から昇ってきそうな気がして…廻る星に生きているのだなと実感しました。そして、わずか30分でこれだけのドラマチックな変化は日蝕に近いものがあるな、などなど、朝日初心者な感想を色々感じながら、すっかり朝になった街を明るい気分で散歩して帰りました。

2025年9月27日土曜日

散文: 審査員

何を食べ

どんな仕事に打ち込み

誰と過ごすのか

生きるという営みが

どういう世界に生きたいか

に直結している

この世に生を受けたと言うことは

審査員に選ばれた

ということ

小さな一票を

投じていきたい

***

タイトルについて、「有権者」も考えたのですが、「審査員」という方がより強く、重要な役割を任された、という印象が出るかなとこちらにしました。社会で起こっている様々な出来事に対して、無力に感じてしまうことの多い日々です。それでも、生活を通して繋がっているという意味では、小さくても自分も影響を与えられる存在なのだ、と意識しておきたいと書き留めました。生きる上での内側の指針は「幸せの追求」、生きた影響は「投票活動」、と心に留めてやっていきたいと思います。

2025年9月25日木曜日

Pianist in Residenceコンサートのご紹介

Festival for Creative Pianistsと、その楽譜出版機関であるAbundant Silenceが合同で、今年からPianist in Residenceプログラムを始動しました。記念すべき一年目のピアニストとして選ばれたのはDaniel Inamoratoさんで、8月のバーモント州でのフェスティバルでは、ワークショップに加えて、二つのコンサートを演奏して下さいました。

光栄なことに、どちらのコンサートでも私の曲を取り上げてもらったので、そのビデオをご紹介させて頂きます。

Pianist in Residence Concert

このコンサートは、内面的な不条理や滑稽さをテーマにしたセクションと、さまざまなエチュードを織り込んだセクション、という2つの軸で構成されており、技巧的かつ深遠なソロ作品から、ピアニスト自身が歌う歌曲に、内部奏法を織り込んだ曲まで、ピアノ曲の持つ様々な可能性を幅広く楽しませてもらいました。

私の作品からは、《The Days of Childhood(子ども時代の日々)》より《Capricious March(気まぐれな行進)》を、コンサートの前半(34:17あたり)に演奏してもらいました。この曲は、集団登校の途中で道草を食ってなかなか学校にたどり着かない子どもたちの様子を描いた作品で(笑)、その世界をとてもチャーミングに表現してもらって感激でした。

Matinee Tribute Community Concert "Social Justice Solo Piano and Toy Piano Recital"

翌日に開催されたこちらのコンサートは、前日のプログラムとはがらりと雰囲気を変え、理不尽な暴力によって命を奪われた人々を追悼する作品をテーマに構成された演奏会でした。

取り上げられた作品は:
- 2012年 サンディフック小学校銃乱射事件
- 2016年 オーランドのパルス・ナイトクラブ銃乱射事件
- 2020年 ジョージ・フロイドさんの警察による殺害事件

—それぞれの事件の被害者を悼むために書かれた楽曲です。

私の作品からは、以下の2曲をプログラムの最後(1:03:09あたり)に演奏してもらいました:
- 《Through the Sky(空を通して)》
- 《In the Shade of an Acacia Tree(アカシアの木陰で)》

コンサートを通じて、それぞれの作品を通して被害者の人生と、その命がいかに理不尽に奪われたかを観客が深く受け止めたあと、再び日常へと戻っていく為の橋渡しをするような役割として選んでもらいました。自分の曲が、そんな大切な場面に居場所を見つけ、役割を果たせたことを、とても光栄に思いました。

どちらも、それぞれに聴きごたえのあるプログラムです。ぜひ、お時間ある際に全編をご覧いただけたら嬉しいです。

2025年9月2日火曜日

16周年の節目に

気がつけばもう9月。新しい季節の始まりを感じる頃となりました。

先月、数年前から理事として関わっている教育団体「Festival for Creative Pianists」のフェスティバルに講師兼サポート役として参加するため、初めてバーモント州を訪れました。


経験豊かで知的探究心に満ちた素晴らしい講師陣、ピアニスト、そして生徒たちと共に、音楽や芸術、教育に深く向き合って過ごした1週間は、かけがえのない時間となり、これからの生き方にも大きく影響するような、新鮮で豊かな刺激をたくさんもらいました。

パンデミック後のここ数年は、一から生活を立て直していくなかで、ご縁のあった新たな仕事やプロジェクトを次々に引き受け、常に何かに追われているような毎日がいつの間にか日常になっていたように思います。

今回の滞在は、「自分が本当に時間をかけて取り組みたいことはなんなのか」「どんな音楽を残していきたいのか」といった問いに、改めて向き合う機会となりました。

ちょうど先日、アメリカに来て16周年を迎えました。

これまで背伸びをして走り続けてきた自分を、少し離れた場所から俯瞰してみて、自分が自然と惹かれるものにじっくりと取り組んでいく、という風に舵を切ってみてもいいのかな、などと思いを巡らせる日々です。


写真は、先日友人とアメリカ自然史博物館を訪れたときに撮ってもらったものです。
留学直前にも来た場所で、来る度に初心に戻るような気持ちになります。