2016年6月10日金曜日
散文:ほっ
食べたことがあって味を知っているお菓子でも、また食べたい
きっと喜んでくれるだろうとわかっていても、実際に喜んでくれる顔を見たい
自分を嬉しくさせてくれる経験は
一度あればそれで十分というわけでも
そうなるとわかっていれば十分というわけでもなく
時々どうしても確かめたくなる時がある
「ああ、やっぱり美味しいなあ。」
「喜んでくれてよかった!」
そうして、ちょっとほっとしたい
その「ほっ」が明日を生きる力になるようで
もうどうしても手に入らない時はきっと来てしまうけれど
その時までに集めた「ほっ」が優しく佇んでいてくれると良い
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まだビザの手続きに取り組んでおりまして、なかなかばたばたと、するすると時間が経ってしまいます(汗)
散文続きになってしまいますが、最近少し思ったことを書き留めておきたいと思いました。
このブログで始めた散文は、最近は何か思うことがあってそれを表現したいと思った時に、唯一すぐにアクセスできる方法だなと感じるようになりました。何かしらまとまった作品を作るとなると題材を定めて色々調べ物をしたり、構成を組み立てては分解し組み直す、というダイナミックな作業が必要だと思うのですが、詩に関しては新たに何かを入力して出力するというより、何か「はっ」と思うことがあった時に、それまでに培った人生観の中から言葉を取り出すという感じがして、直感的に形にすることができるところが好きです。
2016年5月24日火曜日
散文:たくさんの世界
時々旅をしたくなるのは
知らない景色の中に佇み
新たに沸き起こる感覚を味わいたいから
しかし、そのために遠くへ行く必要はないのかもしれない
今まで通ったことのない路地に足を踏み入れ
前を通り過ぎるだけだった建物に入れば
そこはきっともう別世界
そこに生きる人々と生活圏を共有していたにも関わらず
これ程身近に自分の知らない世界が息づいていることに
気がつかなかった
そういう風にして無数の世界が
位相を異にするようにひっそりと
共存しているのだと思う
この世界の中に
どれだけ多くの世界を知ることができるだろうか
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以前あるミュージカルの稽古に参加していたときに、稽古の進行を待つ間、ふと役者さんの持つ小道具を見つめていて持った雑感です。その小道具は舞台用に作られたものではなく、伝統的な手法で作られるもので、その道具そのものを舞台でも使用していたのですが、ふとそれを作っているのはどんな人で、どんな場所で作っているのだろう、そこではどんな日常が流れているのだろう。と一気に想像が膨らんだのでした。
アメリカに住むようになってから、日本とアメリカという大きく環境の違う二つの世界を比べて見ることが多くなりましたが、実のところは日本にせよアメリカにせよ、知っている世界というのはごく限られた範囲に過ぎず、生活圏の中にすら知らない世界がいっぱいあるのだろうなと思いました。
2016年5月16日月曜日
2016年4月29日金曜日
散文:やさしい空似
多かれ少なかれ
新しく出会った人々の中に、
街で見かけた人々の中に、
親しい人の面影を見ることがある。
そっくりでないからこそいい。
ほんの少し存在を身近に感じられるぐらいが丁度良い。
そうやって一緒に生きて行く。
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初対面の人から「知人に似ている」と言われることがよくあるのですが、最近は自分も人に対して、「あの人に似ているなあ」と思うことがあります。その人に会うたびに、似ているもう一人の方の人にも会えたような気がして、じんわりと温かい気持ちになります。他人の空似とはやさしい現象だなと思います。
2016年4月26日火曜日
地下鉄にて
先日地下鉄の中で、心温まる場面に出会いました。
私は本を読んでいたのですが、左の方の席には乳母車に乗せた男の子を連れた若いお母さんが座っていました。お母さんは、はじめは笑顔で男の子をあやしていたのですが、ふと気がつくと何か大声で言い聞かせているようでした。一生懸命そうなのですが、どうも思うようにならず焦っているようにも見えました。
次の駅で、今度は和やかな家族が乗ってきて私の前の席に座りました。お母さんとお父さん、そして幼稚園と小学校くらいの年齢の二人の女の子です。お母さんはいわゆる肝っ玉母さんという感じで安心感があり、子どもたちは朗らかで、そしてお父さんは穏やかでした。
左のほうのお母さんは、その後ますます男の子を持て余してしまったようで、しばらくすると再び大きな声が聞こえました。すると、前に座っているお母さんが少し間を置いてから、その若いお母さんに向かって穏やかに「神様のご加護がありますように。素敵なお子さんね!」と声をかけたのです。
若いお母さんの方を見ると、本当に嬉しそうな、誇らしそうな顔をしていました。がんばっていて、でも思うようにならなくて、そんな時にかけてもらったその一言がとても響いたように見受けられました。
すると前に座っていた小さい方の女の子がすかさず「その子はまだ赤ちゃんだからね。私なんてもう4歳なんだから。4歳なんだから、4歳なんだから、4歳なんだから!(本当に4回言っていました)」と言ってさらに和みました。
お母さん「ほら、この子ったらやきもち焼いちゃってるのよ(笑)」
「(女の子に向かって)彼、かわいいねえ。」
女の子「かわいいねえ。」
そして次の駅で、再び若いお母さんと男の子のほうに向かって「バイバイ、かわい子ちゃん。お母さん、気をつけてね。」と声をかけて、お母さんとその一家は降りて行きました。
色々と感じ入る出来事でした。
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