2017年4月26日水曜日

弦楽四重奏曲第一番


公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団ウェブサイトより

先月もう一つ嬉しかったことに、「弦楽四重奏曲第一番」の日本初演がありました。京都市伏見区を活動の拠点とする墨染交響楽団の「オーケストラ名曲コンサート」のプレコンサートで取り上げてもらいました。

京都教育大学音楽科の同期であり、楽団の発足以来主要メンバーの一人として活躍している米田勇樹くんが提案してくれ、第一バイオリンとしてカルテッドをリードして演奏してくれました。

墨染交響楽団の演奏会は毎回たいへん盛会で、このコンサートの入場整理券も約一週間で配布終了してしまった為、こちらのブログではお知らせしそびれてしまったのですが。。日本での初演というだけでも嬉しいところ、今の音楽活動に至る原点ともなった大学時代を共に過ごした友人に演奏してもらえて感無量でした。

墨染交響楽団の次の演奏会は、第22回定期演奏会(2017年9月18日(月・祝)、文化パルク城陽 プラムホールにて、入場無料)、プログラムはチャイコフスキー 交響曲第5番、ブラームス ヴァイオリン協奏曲だそうです。お近くにお住いの方はぜひ!

2017年4月22日土曜日

The Gray Wolf Premiere


先月の作曲の活動の中で大きかったこととして、Piano Quintetの為の"The Gray Wolf"の初演がありました。

このごろ器楽曲の作曲においては「音楽だけでどこまで物語を語れるか」ということに興味があり、この曲はその試みを押し進めたものとなりました。

実際には、演奏会ではタイトルやプログラムノートの助けを借りて、お客さんにあらかじめ内容をある程度把握してもらった上で聴いてもらう形式をとっているのですが、それでも紙芝居を見る時のように、お客さん自身の想像力を使ってもらいながら、のめり込んで聴いてもらえる物語りを音楽で実現したい、というのが目標です。

初演は素晴らしく、最後の音が鳴り響いた時に「ああ、曲が無事に生まれた。」と感激しました。お客さんも、しばらくの余韻を経てから拍手を送ってくれて、とてもありがく、忘れられない素晴らしい夜となりました。

また音源が公開できる準備が整い次第あらためてご紹介させて頂きたいと思いますが、以下にプログラムノートを和訳したものを載せさせて頂きます。

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『狼娘の島』

この曲はジョージ・マクドナルドの短編小説『狼娘の島』(1871年)に着想を得て書かれました。小説は、若い狼娘を主人公とし、彼女がある青年と出会うことで浮き彫りになる自身の二面性に対する内面的な葛藤を描いています。

物語はシェトランド諸島の、ある嵐の夜を舞台に始まります。英国から来た若い学生が仲間とはぐれ、雨の中一人で荒れ地を彷徨っていました。嵐の中、彼は思いがけず若い娘と出会い、彼女の母親の住む小屋に避難させてもらうことになります。青年はその不思議で美しい女性に強く惹かれますが、同時に鮮やかな青い目で彼女が彼を見つめる時の、不気味で「貪欲な」眼差しには嫌悪感を覚えるのでした。

娘の母親と夕食を共にした後(彼女は何も食べません)、青年は夜の眠りにつきます。真夜中、彼は唐突に獰猛な獣に襲われ目を覚まします。彼は獣と格闘し、その首を強く摑まえましたが、逃げられました。

翌朝、青年は自分の手形が娘の首に痣として残っているのを目にし、衝撃を受けます。彼はついに、娘と彼を襲った獰猛な狼が同一の存在であったことを悟ります。

青年は逃げ出し、大きな灰色の狼が彼の後を追いました。しかし狼がまさに彼に追いついたその瞬間、彼女は何とか人間の自分に戻ることができました。青年は不意に彼の腕の中で泣いている娘に気がついたのでした。彼女は彼を逃してやりました。そして彼が荒れ地の向こうから振り返った時、崖の淵に手を固く握り締めて立っている娘の姿を目にしましたが、彼女はもう彼を追って来ようとはしませんでした。

岡田あゆみ

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2017年4月19日水曜日

桜に思うこと


とんとんと投稿していくつもりだったのですが、またまた間が空いてしまいました。。三月の活動報告をと思っていたのですが、今日は少しこの季節に思ったことを書かせていただきます。


写真は先週のものですが「もしかして桜なのかな?」と思う街路樹が満開でした。毎年「もしかして?」と思いながら調べもせずに季節が過ぎてしまうのですが。。街では真っ白な花びらのものも含めて、桜っぽい街路樹をところどころで見かけます。

一気に開花して、一週間程で散ってしまうこの可憐なお花が咲き乱れる日本の春が懐かしいですが、私はどこか少し感傷的になり過ぎてしまうようで、個人的にはこのぐらいほのかに桜の存在感を感じる春も好きになりました。

ニューヨークが住みやすいと感じることの一つには「自分で選べる」ということがあるように思います。様々な背景の人が集まってきている場所なので、皆それぞれの祝日をお祝いし、それぞれのやり方で生活しているため、自分もまた人と比べずに生きやすいように思います。ここでは桜を見るか見ないかすらも選べます。

新しく住む場所というのは結局何年住んでも慣れない部分はあり続けるように思いますが、それがあるからこそそれぞれの場所の良さや特質に気付けるようにも感じて、その感覚は大切にしていきたいなと思いました。