2015年6月16日火曜日

霧の空

先週は蒸し暑い日が続いたのですが、昨日は打って変わって肌寒く、霧も出て、1 ワールドトレードセンターの上の方もすっかり霞んでしまっていました。

相変わらず日常的な気候の変化(体感)の激しいニューヨークだなと思います。


2015年6月10日水曜日

第八回:後書き


 以上、本編六回にわたってBMIワークショップ、及びそこで学んだミュージカル・ソング・ライティングについてまとめさせて頂きました。

 少しBMIワークショップに至るまでの個人的な経緯を振り返らせて頂きますと、ミュージカルを作曲することに興味を持ち始めたのは、大学の授業のプロジェクトとして同級生と制作したことがきっかけでした。もう約10年ほど前になります。それまでにも、もともとお芝居は好きで演じるということに憧れを持っていたのと、音楽の和声進行で人の表情を描き出せるのではないかということに興味があったので、今となってはそれらをコネクトできるのではという思いも少しはあったのだろうかと思いますが、当時はともかく単純に仲間との制作が楽しく、魅せられました。

 そしてBMIワークショップで、ミュージカル・ソング・ライティングおよびミュージカルの作りについて学びはじめると、ミュージカルがいかに感覚的に楽しめるべきものであり、そしてそのためにいかに緻密で論理的に作られているかを知るにつれ、益々制作に魅力とやりがいを感じました。同時に今のままの自分では太刀打ちできないと思うことも増えるばかりですが、できるようになりたい事が具体的に見つかっていくことはありがたいです。

 今年でアメリカに来て6年になるのですが、BMIワークショップでは、やはり言語と文化の理解におけるクラスメートとの差は歴然と感じています。ただ、それでも尚ミュージカルというアート・フォームに惹かれる思いは募るばかりで、作品の多様性や音楽の持つ作品における役割から、自分の持つ文化背景や音楽的背景によってこそ貢献できることもあるのではと微かながら信じて取り組んでいます。

 また、いつかは日本語のミュージカルを書きたいという思いも大きな目標としてあるのですが、今学んでいる事の中には英語という言語を前提として成り立っている事柄も非常に多いと感じるので、それらをどのように生かしていけるのかは、これからの課題として模索していきたいと思っています。

 長々となってしまい、お読み苦しい部分も多々あったかと思いますが、お付き合い下さり本当にありがとうございました。次回からは通常の投稿に戻りますが、また折に触れて、ミュージカルに関する記事を書いて行ければと思っています。
 

2015年6月9日火曜日

第七回:BMIワークショップについて「コラボレーション」

 
 今回はBMIワークショップについての最終回として、「コラボレーション」について書きたいと思います。  

 これまでに、BMIワークショップの概要(第五回)とプログラムの概要(第六回)を見てくる中で、詳しく触れないまま「コラボレーション」という言葉を用いてきてしまったのですが、今回は私自身の経験も雑えながら少し掘り下げて書いてみたいと思います。

 まず、ソング・ライティングにおける「コラボレーション」の概要なのですが、「合作」というその単語の意味通り、作詞家と作曲家が共同で曲を書くこと、及びその過程を指します。ただその際に、どのような順番で、どのような割合で合作をするのかは、ペアによって様々に異なります。

 例えば作曲家リチャード・ロジャースは、作詞家ロレンツ・ハートとペアを組んでいた時(『パル・ジョーイ』、『シラキーズから来た男たち』等)はメロディーを先に書き上げて作詞を待ち、また作詞家オスカー・ハマースタイン2世と組んでいた時(『オクラホマ!』、『王様と私』等)には、先に書き上げられた歌詞に対して作曲したそうです[1]

 ただ、BMIワークショップでは、歌詞と音楽のどちらかを単独で先に書き上げてしまうのではなく、曲のアイディアを発想する段階からやり取りをして、二人でほぼ同時進行で書き上げて行く事を推奨されているので、私もそのように心がけてコラボレーションに取り組んできました。

 具体的には、まずコラボレーターと曲のアイディアを話し合って、”Hook"(フック)[2]を決めます。そして更に曲の構成を話し合った後、作詞家か作曲家のどちらかが先行して1セクション、もしくは1コーラスといったある程度まとまった量の素材を書いてコラボレーターに渡します。もらった方はそれに対してフィードバックを返し、調整のやり取りを経て方向性が定まったら、自分のパートを書き加えて返します。そのように、互いに触発されて書き進めながら、同時に調整を繰り返し、全体像を立ち上げていきます。

 その際、お互い作詞と作曲で、相手の分野には極力踏み入らないように気をつけるのですが、どうしても曲の方向性に対してしっくり来ないと思う場合には伝え合い、また自分の分野について客観的な意見を求めて相談することもあるので、最終的に出来上がった曲については、歌詞・音楽共に少なからず両方のアイディアが反映されていて、まさに合作という気がします。

 ちなみにコラボレーションの中で作詞家と作曲家のどちらが先行して書き始めるのかについては、音楽から先に書いた方が魅力的なメロディーが生まれやすいとされているので、私のペアでも基本的に毎曲そのように取り組んでいます。

 そうすることによって、英語が母国語でない私にとっては、言葉のアクセントや文章のイントネーションに沿わないメロディーをつけてしまう心配がない、という点でもありがたいのですが、同時に言葉の手がかりなしにメロディーを書き始めるのは、慣れるまで少し心もとなくもありました。ただ、メロディーにコラボレーターがつけてくれた歌詞を入れて歌ってみる瞬間は、歌に命が吹き込まれたかのようで、コラボレーションの中でも最もわくわくとする瞬間です。
 
 BMIワークショップでの二年間のコラボレーションを振り返ってみると、一年目はともかく様々な相手と組むことで、コラボレーションというプロセスを学びながら、一番心地よいと感じる取り組み方を探す過程だったように思います。二年目は一人のコラボレーターとじっくりと作品に向き合うことで、また非常に多くの事を学んだと感じています。

 以上、三回にわたってこちらも急ぎ足でBMIワークショップについてと、そこでの活動について書かせて頂きました。次回はあとがきにて、締めくくりとさせて頂きたいと思います。

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[1] http://performingsongwriter.com/richard-rodgers/より
[2] Hook(フック)については第四回「歌の作り」をご参照ください。


2015年6月8日月曜日

第六回:BMIワークショップについて「プログラムの概要」


 今回はBMIワークショップのプログラムの概要について書かせて頂きます。

 クラスは一学年40人弱で、人数の内訳はLyricist(リリシスト:作詞家)とComposer(コンポーザー:作曲家)がだいたい半数ずつです(中には一人で両方を兼ねている人もいます。)。クラスメートのバックグラウンドは様々ですが、作詞家には比較的俳優出身の人が多く、作曲家はクラシック、ポップス、ジャズなど様々なジャンル出身の人がいます。

 プログラムの一年目では、年間を通してモデレーターから次々とソング・ライティングの課題が出され、その度に作詞家と作曲家のペアも発表されて、毎回違うコラボレーター[1] と課題に取り組みます。課題は、指定された既存の物語/キャラクター/シーンに、指定された曲種の曲を書くといったものです(例:「映画『欲望という名の電車』の主人公のブランチに、ストーリーの前半のシーンで、キャラクター・エスタブリッシュメント・ソング[2] を書く」)。課題と共にコラボレーターも目まぐるしく変わっていくので、お互いを通してコラボレーションのやり方を学んでいく感じでした。  

 二年目は、クラスメートの間で自分たちでペア[3] を組み、題材(既存の物語)を選び、一年間かけてミュージカルを書いていきます。クラスでプレゼンテーションするのは第一幕の曲のみ、かつオープニングナンバーを除くという指定がありますが、それ以外はペアで自由に書き進めることが出来て、段々クラスが、基礎を学ぶ場から、作品を書き進めるために批評をもらう場へと移行していきます。  

 三年目は、二年目以降に進んだ全てのライターが所属するのですが、ここはまさに各自が独自のプロジェクトを抱えて作品を書き進めている中、曲を試す場そのものであり、また定期的にある"Master class"(マスタークラス:公開レッスン)などで、第一線で活躍する講師の指導が受けられる機会も増します。  

 クラスにおける具体的な活動(一年目〜三年目まで共通)は、毎回5〜6組のペアによる曲のプレゼンテーションと、そしてそのそれぞれに対して行われる合評会です。合評会では、プレゼンテーションの際に観客側にいたクラスメートが、曲に対して感じた事(どこが良いと思い、どこがうまくいっていないと感じたか、または提案等)を次々とフィードバックしていき、最後にモデレーターがまとめのコメントをします。

 この合評会という活動によって、プレゼンテーションする側は、具体的に曲の書き直しの為のアイディアをもらえるばかりでなく、作品を通してソング・ライティングのノウハウを学べると同時に、その活動自体が客観的なフィードバックを冷静に受け止める練習になっています。そしてフィードバックを返す側にとっても、作品に対する批評眼を養う訓練になっていると思います。

 これらはマネス大の作曲科で勉強していた時にはなかった経験だったので、始めは批評を受ける事が怖かったのですが、クラスを重ねるごとに皆それなりに失敗する(良いと思って試したアイディアがうまくいかなかった等)ということと、むしろそれがクラス全体にとっての学びの機会になるということがわかり、段々恐れずにチャレンジできるようになっていきました。

 ちなみにクラスでのプレゼンテーションは、教室にあるピアノを使って、基本的には作詞家・作曲家自らが演奏することで行います。沢山のキャラクターが歌う曲などはクラスメートに手伝ってもらったり、また二年目以降は外部から歌手を連れて来てもいいことになっていますが、ぎりぎりまで書いていて人に演奏を頼むのが間に合わない場合もあり、その際は作詞家がキャラクターの名前を書いたカードを持って1人で何役もこなしたり、作曲家もピアノを弾きながら歌ったりして、なんとかプレゼンテーションを成立させます。

 また、クラスにおける配布物はレクチャーの際の資料やスケジュール以外はほとんどありません。課題は口頭で発表され、それぞれが映像や文献など資料などに当たって取り組み、またプレゼンテーションの際にも楽譜は配布せず、聴きながら分析をしてフィードバックを返します。はじめは何か心もとない気がしたのですが、慣れてくるとクラスに集まった「人」こそがお互いにとって教科書であり教師なのだなあと感じ、これほど実践的に学べる形式はないのではとすら思いました。

 今回は、BMIワークショップのプログラムの概要についてまとめさせて頂きました。次回はBMIワークショップについての最終回として、「コラボレーション」について書きたいと思います。

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[1] ペアを組んでいる作詞家なり作曲家の事は、"Collaborator"(コラボレーター)と呼んだり、"Writing Partner"(ライティング・パートナー)と呼んだり様々なのですが、今回は「コラボレーター」で統一させて頂きます。

[2] キャラクター・エスタブリッシュメント・ソングとは、そのキャラクターの人柄、置かれている状況、人生観等の基本的な人物設定を凝縮した歌です。主要なキャラクターには、一幕の前半にこの曲を歌う機会が与えられます。第三回「サブテクスト」の時に例に挙げたシカゴの”All I Care About”も、曲種としてはこのカテゴリに当たります。

[3] 作詞家と作曲家のペアのことは"Writing Team”(ライティング・チーム)と呼ぶことが多いのですが、便宜上今回は「ペア」で統一させて頂きます。

2015年6月6日土曜日

第五回:BMIワークショップについて 「BMIワークショップの概要」

 
 今回からは、BMIワークショップについて三回にわたって書かせて頂きたいと思います。

 それではまず、BMIワークショップの概要についてご説明させていただきます。

 BMIとはBroadcast Music Incorporatedの略称で、アメリカにおける二大著作権協会のうちの1つ[1]です。そしてBMIワークショップとは、正式にはBMI Lehman Engel Musical Theatre Workshopといい、ブロードウェー・ミュージカルの往年の名指揮者であったリーマン・エンゲル氏[2]とBMIのパートナーシップによって1961年に設立されました

 以来、現在に至るまで数々のミュージカル作家を生み出してきました。有名なところでは、アラン・メンケン(『美女と野獣』)、モーリー・イェストン(『タイタニック』)、トム・キット&ブライアン・ヨーキー(『ネクスト・トゥ・ノーマル』)、ロバート・ロペス&ジェフ・マークス(『アベニューQ』)等が出身者です。  

 BMIワークショップに参加するには、毎年夏にオーディションがあり、合格すれば費用はBMIが持ってくれるので学費は必要ありません。二年間、週一回二時間のクラス[3]に参加する事で、Lyricist(リリシスト:作詞家)とComposer(コンポーザー:作曲家)のコラボレーションを通してミュージカル・ライティングの基礎と応用を学びます。そして、二年目の最後にオーディションがあり、それに通れば三年目以降のAdvanced Class(上級クラス)に参加する事ができます。

 今回は、手短かにBMIワークショップの概要について書かせて頂きました。ご興味のある方は、英語のページですが、こちらにBMIワークショップのモデレーター[4]パット・クック氏のインタビューが載っているのでご参照下さい。

 次回はBMIワークショップのプログラムの概要について書かせて頂きます。

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[1] もう1つはASCAP (American Society of Composers, Authors and Publishers)。

[2] Lehman Engel (1910–1982):アメリカの作曲家、ブロードウェイ・ミュージカル、テレビ、映画の指揮者

[3]「ワークショップ」という言葉は色々な意味で使われるため定義するのが難しいのですが、BMIワークショップに関しては、その活動内容から実際には「クラス」に近く、そう呼ぶことも多いです。

[4] "Moderator”(モデレーター:司会者)とは、BMIワークショップのクラスをリードする、実質先生のことなのですが、ワークショップであるためかTeacherではなくModeratorと呼びます。

2015年6月5日金曜日

第四回:ミュージカル・ソングについて「歌の作り」

この数日思いがけず家のインターネットがダウンしてしまい、投稿に間が開いてしまいました(汗)今日から続きを書いていきたいと思います。
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 これまでの回で、ミュージカルにおける歌と台詞の役割(第二回「なぜ歌うか」)、ミュージカル・ソングにおける歌詞と音楽の役割(第三回「サブテキスト」)について見てきました。

 今回はミュージカル・ソングについての最終回として、歌の持つ効果という視点から、「歌の作り」について書いていきたいと思います。

 ミュージカルではそれぞれの曲は基本的には作中で一度しか聴かれないため [1]、その条件の中で歌という表現の効果が最大限発揮されるよう、「歌の作り」として以下のようなことが意識されています。

メロディー:歌いやすく、かつ歌詞が聞き取りやすいか
歌詞:論点は1つに絞られていて、かつそれが論理的に展開しているか 
音楽:特定の音楽ジャンルに寄りかかっていないか 
形式:AABA形式で書かれているか  
その他:Cliché(クリシェ:決まり文句)を無意識に使っていないか 

 メロディーについては、具体的には言葉のアクセントが正しく反映されているか、自然な英語のリズムで喋ったように聞こえるか、適度に正しく"Rhyme"(ライム:韻律)を踏んでいるか、そして言葉数が多すぎたり少なすぎたりしないか等が、メロディー自体の魅力もさることながら、良い歌の必要条件とされています。

 歌詞の論点は"Hook"(フック)という、歌詞(及びメロディー)の1フレーズに凝縮させます。このフックは曲中何度も繰り返され、大抵の場合、曲のタイトルにもなっているのですが(例:『ウェスト・サイド・ストーリー』"Maria"「マリア」)、これは論文でいうところの結論にあたり、歌詞の全ての内容がこのフックに向かって収束していくように論理を組み立てます。このような組み立ては、ミュージカル・ソングが曲の進行に沿ってその内容がスムーズに理解される必要がある為で、観客をつまづかせてしまうような論理的矛盾や、「考えれば理解できる」ような少しの論理的飛躍もないように展開することを目指します。

 形式については、近年のミュージカル・ソングの多くがポップス曲の「ヴァース‐コーラス形式」でも書かれていますが、物語や概念を伝えるには、本来このAABA形式(各セクションが8小節ずつの計32小節で1コーラスを構成する歌の形式)が最適とされており、多くの名曲もこの形式で書かれています(例:『ウェスト・サイド・ストーリー』”Tonight”「トゥナイト」)。

 特定の音楽ジャンルを用いると、その途端に音楽が一般化してしまい、キャラクターという個人の、固有の感情から距離ができてしまって、観客が真剣に感情移入することができなくなるとされています。作品全体が特定の時代や音楽ジャンルに属するような場合でない限りは、できるだけ特定の音楽ジャンルに寄りかかることは避け、キャラクター自身から自然と現れて来る音楽を模索します。

 ここで言うCliché(クリシェ:決まり文句)とは、歌詞における常套句もさることながら、音楽的に使い尽くされた決まり文句(特定のコード進行や、特定の音程を多用した伴奏形等)のことも指し、上記の、特定の音楽ジャンルを用いない事と同じ理由から避けるようにします。


 ここまで、歌の効果をより発揮するという視点で見てきましたが、言葉には歌う事によってその意味が増幅されるという側面もあり、そのため歌詞における言葉の選び方や内容によっては、必ずしも意図しないネガティブな効果が生まれてしまうことがあります。そのため以下のことも意識されています。

歌詞:禁句を使っていないか、内容が自己憐憫になっていないか 

 禁句を歌詞の中で表現として絶対に使ってはいけないわけではないのですが、その意味が増幅される事を念頭に置き、特別の意図がある場合(キャラクターの口癖であるとか、特に衝撃的な効果を出したい場合など)に限ってよほど慎重に使うべきとされています。また、コメディーとして笑い飛ばすのでない限りは、キャラクターが自己憐憫の内容を歌うと、観客が自身のコンプレックス等とリンクさせて捉えてしまう可能性があるため、こちらも避けるべきとされています。


 以上、箇条書きになってしまいましたが、歌のポジティブな効果を最大限に発揮させ、ネガティブな効果を最小限におさえる為に意図された歌の作りを見てきました。ソング・ライティングの際にはこれらを意識して取り組むのですが、互いに密接に絡み合う要素も多く、初稿からこれらを全てクリアするのはなかなか難しいです。実際にはまずはともかくベストだと思う状態に書き上げて、人に聴いてもらっては指摘を受け、書き直しを重ねる事で仕上げて行く、という行程を辿ることが多く、BMIワークショップでもその活動を重ねています。

 以上、三回を通して駆け足ながらミュージカル・ソング、及びそのライティングについて、特に重要であると感じている事をまとめてみました。次回からはBMIワークショップについて書かせて頂きます。

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[1] “Reprise”(リプライズ)として、作品にとって特に重要な曲などが作品の後半で再び歌われることはあります。