2023年8月2日水曜日

今思うハノンの良さ(その1)

今日は少し、最近のピアノティーチングで感じていることを書きたいと思います。

この間ある生徒さんが、ハノンピアノ教本の第六番を弾き終わってこう言ってくれました。

「ハノンはとてもメロディックだと思うよ。なんでかわかる?それぞれのグループで半音の位置が違うからだよ。」

まだピアノを始めて一年と少しながら、音楽理論にも興味を持って日頃から色々な鋭い質問をしてくれる小学生の生徒さんなのですが、このコメントには脱帽でした。(以前「長調と短調以外に音階はないの?」と質問してくれた際に少しだけ教会旋法の話をしたこともあったので、その時に得たアイディアを無意識に応用してくれたのだと思います。)

白鍵だけで弾くハノンがハ長調をベースにしているのは確かですが、彼が指摘してくれた通り、個々のグループだけを見ればそれぞれが微妙に異なるメロディーであり、さらに言えば異なる教会旋法に属しているとも解釈できる、という視点に気づかせてもらってとても興奮しました。

以下にビデオを交えて実際に響きを聴きながら考察してみたいと思います。

まず教会旋法についてですが、以下、ヤマハの音楽用語ダスより定義を引用します。

中世ヨーロッパ音楽の基本となる7種類の音階。ドレミファソラシのそれぞれを基音として、各々の音から出発するスケール。アイオニアン・スケールは長音階、エオリアン・スケールは短音階として残っている。ジャズで使われるモード理論もここから派生している。

実際に弾いてみるとこのような響きです。


私は個人的には、これだとどれもそれなりにハ長調に聴こえてしまうのですが、聞き慣れたメロディーで試してみると違いがよくわかります。きらきら星をそれぞれの旋法で弾いてみました。


頭の中で一緒に歌っていると少しずつ違った音が鳴るので、度々小さな驚きが感じられます。ここまで来たところで、ハノンピアノ教本(原題はThe Virtuoso Pianist in 60 Exercises)の第一番の上行型を聴いてみましょう。


この流れで聴くと聴き慣れたハノンも「なるほどグループごとに表情が違うな!」と実感して頂けるのではないかと思います。ちなみに、もしハノンをハ長調ではなく、ハ長調の音階を基音とする長調の連なりとして弾くとこのような響きになります。


確かにそれぞれは長調の響きなのですが、ホ長調とロ長調から次の音へ行くときに増二度が発生してしまうので(ビデオではロ長調で終わっているのでニ個目の増二度は含まれていません)、正しく弾けていてもソワソワしてしまいます。これはこれで良い移調の練習になりそうですが。

以上、「単調で音楽的でない」と捉えられることも少なくないハノンですが、白鍵だけを使うことによって指の動きは同じながら実は音の関係は移ろっていること、よく耳を澄ますと飽きることのないメロディーの連なりであることに生徒さんのおかげで気づけて、旋法の観点から考察することができました。一緒に体験して下さりありがとうございます!

ちなみに、それでもハノンを弾き慣れてくると、それぞれのグループを大きな塊(始まりの音とその装飾)として捉えていると思うので、結局全体を大きなハ長調の音階と感じていて、実際に旋法としてクリアに感じている訳ではないと思います。ただ、弾いていてしみじみと飽きないのはこういう理由なんだなととても納得しています。

ハノンについてはこの気付きのほかに、導入課題としてとても有効だなとも感じているので、次回はその視点から思うことを書いてみたいと思います。