2023年8月3日木曜日

今思うハノンの良さ(その2)


ハノンピアノ教本に対する否定的な意見で目にしたものに、「ハノンを指の独立や指や上腕の強化の目的で使うと手を痛める可能性があり、また音楽的でない機械的な反復は生徒から音楽を聴く姿勢を奪ってしまう。」というものがありました。


ハノンが音楽的でないという見方には前回の投稿で考察した通り異論がありますが、故障に繋がりかねないという指摘はわからなくもないと思いました。


ただ、何を得る目的でその教材に取り組むか次第という気がしています。


確かに、ある程度上達した学習者がずっとハノンにこだわる必要はないと思います。既にスケール、コード、アルペジオを学習していて、様々な練習曲にアクセスできるなら、そちらに時間をかけたほうが良いと思います。ただ私は今、ハノンは導入課題としてとても優れているのではないか、と考えています。


良いと思う点は2点あって、1点目は楽譜が自在に読めるようになる前から沢山の音を弾けること、2点目は自分で出す音をコントロールする練習になること、です。


1点目については、ピアノを習い始めの生徒さんは並行して様々なことを学ばなくてはならず、特に読譜の習得には時間がかかるので、導入のメソッド本に載っている曲を弾くだけでは鍵盤に触れられる機会が非常に限られてしまいます。その点ハノンは、音のパターンを理解してしまえば読譜を解さずに弾けるので、沢山の音を弾く中で鍵盤に対しての体の使い方を自分なりに掴める機会を担保してくれると感じます。(もちろん姿勢や手や腕の使い方についての教師のフィードバックは不可欠ですが)


2点目は、弾けるようになったハノンをアーティキュレーションとリズム等様々なバリエーションで弾くことで、意識の中で自分の出す音を操作できる練習になる所が良いと思っています。というのも、読譜に手一杯の状態では自分が出している音を客観的に聴くことが難しいですが、一度パターンを習得したハノンなら「スタッカートで弾くぞ」と思って、そのように弾こうとする中で、指から感じる感覚や耳から入ってきた音と関連させて、主体的に音を作っていくことができます。また、「今はこのパターン」というのを全曲通して維持するのも初めは難しいので、それも良い練習になるなと感じています。


私自身、つい最近までそれほどハノンを導入時から積極的に使っていたわけではないのですが、オンラインの生徒さんが増える中で、実際にその場で弾いて見せたり、手を持ってあげて力加減を伝えたりできない中で、どうすれば早い段階から力の使い方を掴んでもらえるだろうかと試行錯誤する中で辿り着きました。


今思うのは、ハノンは読譜の学習に時間がかかる時期にも、体の使い方や主体的な音への関わり方のトレーニングも並行して進めることを可能にしてくれると感じています。これからさらに取り組んでいく中でまた思うことは変わってくるかもしれませんが、ひとまず今「ハノンいいなあ!」と盛り上がっているのでこれを機会にまとめさせて頂きました。


ちなみに、せっかくなので2つほどおもしろハノン情報を。


1つ目は、NHKのららら♪クラシックのハノン特集の回で取り上げられていて知ったのですが、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番第3楽章でハノンピアノ教本第一番が引用されているのです。Wikipediaによると、この曲はショスタコーヴィチが息子さんの19歳のお誕生日の為に書いたもので、息子さんが音楽院の卒業コンサートで初演したそうです。ハノンを曲中の3つのテーマのうちの一つに選んだのは卒業にちなんでのジョークだそうです。なんともチャーミングなのでぜひ聴いてみてください。澤田侑花さんの演奏がまた素晴らしいです。



2つ目は、ピアニストのマルク=アンドレ・アムランが今年のエープリルフールについた嘘で、ハノンピアノ教本の3枚組CDを出すというものです。あまりに素敵に弾くので、「えええ?」と思いつつ少し信じてしまいそうになりました。日本語字幕は残念ながらついていないのですが、こちらも良ければぜひ見てみて下さい。