2017年8月28日月曜日

ショートショート:再会の日


「ただいま。」
「あ、母さん。おかえりなさい。お疲れさま。着替えてきたら?お茶を淹れるわ。」
「ありがとう。」

喪服から部屋着に着替えて戻ると、居間には娘の淹れてくれたお茶の良い香りが立ち込めていた。熱いお茶を一口啜ると、ようやく一息つくことができた。

「大変だったわね。母さん、◯◯さんとは高校時代からの親友だったんでしょう?」
「ええ。もう随分連絡をとっていなかったんだけど、でもまさかこんなに急にお別れがくるとは思っていなかったからね。」
「母さん、大丈夫?」
「ありがとう。大丈夫よ。もうこの年齢になるとね、人生色々なことがあるのは段々わかってきたからね。」
「そう。」
「それにね、今となっては不思議なことなんだけど、◯◯ちゃんとはもう随分昔に、すでにお別れをしてあったのよ。」
「どういうこと?」
「お別れというかね、「再会の日」を過ごしてあるの。」
「再会の日?」
「そう。高校の卒業式の前日だったんだけど、私たちそれぞれ別の県の大学に行くことが決まっていたから、これからは今までのように毎日一緒に通学したり、遊んだりできなくなることがわかっていて名残惜しくてね。帰りの駅で、二人で何本も電車を見送りながら、しばらく待合室で座っていたの。」
「うんうん。」
「その時彼女がおもむろに不思議なことを言ったのよ。『ねえ△△ちゃん、今から今日を「再会の日」のつもりで過ごしてみない?』って。私なんのことかわからなくてね、どういうこと?って聞いたのよ。すると彼女が言ったの。」

・・・・・

「私たち、これから別々の人生を歩んでいくじゃない?離れるのは寂しいし、これからもずっと親友でいたいって思っているけど、でもどうなるか本当のところはわからないじゃない。」
「そうだけど…。でも寂しくなっちゃうから、今はあんまり考えないでおこうよ。」
「うん、そうなんだけど。でもねえ△△ちゃん、映画の『タイタニック』覚えてる?」
「うん、一緒に映画館に観に行ったよね。」
「そうそう。あの映画の最後で、年老いたローズが亡くなる瞬間に、夢の中でタイタニックに戻って、祝福する乗客の皆に迎えられてジャックと再会するシーンがあったじゃない?私あのシーンがすごく好きでね。」
「私も!その後の人生の方が長かったのに、ローズが戻りたいって思う一番幸せだった瞬間って、やっぱりジャックと一緒にいたあの時だったんだって感動した!」
「その通りなのよ。そして私にとっては、今がそういう風にいつか戻りたいって思うような瞬間の一つなんじゃないかなって思うの。」
「◯◯ちゃん…。」
「だからね、例えば今、一気に30年位を駆け抜けたつもりになって、振り返って『あの時に戻りたい!そして△△ちゃんともう一度、思いっきりおしゃべりをしたい!』って思った願いが叶ったんだと思って過ごしておけば、この先何があっても私たち、大丈夫なんじゃないかなと思ってね。」
「うん…。私もそう思う。そうしよう!今日は目一杯再会の日を楽しもう!」

・・・・・

「そうして、私たちはついに電車に乗って、よく帰り道に寄った駄菓子屋さんに行ってたこ焼きを食べたり、いつも座っておしゃべりした河原にも行ったりして、日が暮れるまで一緒に過ごしたわ。その時はその後の30年に起こることなんて、まったく想像もつかなかったけれど、でも今この瞬間がいつか戻りたいと思うような過去なんだっていう考えは、すごくしっくりきたの。そして結局、それが彼女とゆっくりおしゃべりした最後になってしまったわ。手紙のやり取りは折に触れて続けていたけれど、それぞれに結婚もして、住む場所も離れてしまったからね。」
「そうだったの。」
「彼女とその後の人生も身近に支え合って歩むことができなかったのは残念だったけれど、でもそういう風に私たちはもう再会の日を過ごしてあるから、私、あの時彼女が言ったように、大丈夫な気がするわ。」
「母さん…。」
「それにそのことで、彼女からもう一つ大切な贈り物をもらっていた気がするの。」
「どういうこと?」
「大切な人と一緒にいられる時間を、いつだってそういう風に過ごしなさい。って教えてもらった気がするのよ。最後の日がいつになってしまうかなんてわからないけど、最高の一日を、その日なんだって思って大事に過ごすことはできるわ。あなたとこうしてお茶を飲む時間だって、私にとってそういう時間なの。いつかきっと戻りたいと思うようなかけがえのない時間、心の中でいつまでも抱きしめていたいくらい。」
そうして顔を見合わせた途端、涙が溢れ出て、私たちはしばらく何も言わずに一緒に泣いた。そしてもう一杯お茶を淹れて、ゆっくりと飲んだのだった。

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久々のショートショートです。しばらく持っていたアイディアなのですが、ふと気が向いたのでひとまず書き起こしてみました。設定に甘いところ(『タイタニック』は1997年の映画なのですが、娘は大学生ぐらいのイメージ。。。)が多々あり恐縮ですが、ご一読いただけたなら幸いです。