2015年5月30日土曜日

第二回:ミュージカル・ソングについて「なぜ歌うか」


 今回からは三回にわたって、BMIワークショップに参加する中で学んだミュージカル・ソング、及びそのライティングについてまとめさせて頂きたいと思います。

 それでは今回は、ミュージカルでは「なぜ歌うか」、ミュージカルにおける歌うという表現について書いていきたいと思います。

 歌うという表現は、ミュージカルにおいて特徴的な表現形式の1つですが、ただしミュージカルではエンターテインメントの為だけに、芝居の中に音楽を挿入したり、台詞を無理矢理歌にしているわけではなく、物語をより良く伝える目的で、歌には歌の、台詞には台詞の役割が明確に意図されています。

 というのも、同じ情報量を伝えるのであれば、実際には歌うよりも台詞で言った方が短時間ですむわけですが、逆に歌だからこそできることがあり、その効果は"Magic of Musical Theatre"(ミュージカルの魔法)とも呼ばれます。

 例えば、「出会ったばかりの二人が恋に落ちる」とか「あっという間に月日が流れて」という、台詞のやり取りで自然に観せるには、ある程度まとまった時間のかかるストーリー展開が、歌と、更に照明や装置の転換を以てすれば、ほんの数分のうちに成し遂げられてしまいます。それは、歌という非日常的な表現によって、まさに魔法がかかったように、急激な場面転換やストーリーの加速さえも自然に受け入れられてしまう、ということなのではないかと思います。

 ただし、歌は基本的に感情を歌い上げる劇的な表現なので、ストーリー展開の為に観客にしっかりと聞いておいてもらいたい情報などは、台詞で淡々と展開した方が効果的なこともあり、どこを歌にするかという"Song Moment"(ソング・モーメント)の見極めは、制作において非常に重要な部分です。

 また、ミュージカル・ソングの傑作の中には、後にスタンダードとしてそれ自体が大ヒットした曲もありますが、制作の段階ではどの曲もあくまで作品の一部として意図されており、物語を進める役割を担っているので、ミュージカル・ソングは他のジャンルの歌とは内容的に少し違った特徴を持っています。

 それは「感情が頂点まで高まった場面で歌い出す」という点と、そして「歌い終わった時には別の境地に辿り着いている」という点です。それに関して、作曲家ジェイソン・ロバート・ブラウン[1]が、あるインタビューの中で「(ミュージカル・ソングと対比して)ポップス曲では、感情が必ずしもどこかに向かう必要がないので、それはそれで書くのが楽しい。」と語っていたのを聞いたことがあり、印象的でした。

 すなわち、感情が高まっていない場面はミュージカルにおけるソング・モーメントではないですし、歌い終わった時に心境的に何も変化していなければ、それもミュージカル・ソングとして成功しているとは言えないことになります。

 また、歌うということがミュージカルにおける1つの表現形式であることから、登場人物が「自分は今歌っている」と認識しながら歌っているような歌も、基本的にはタブーとされています(例外はあるそうです)。

 今回はミュージカルにおける歌うという表現についてまとめてみました。次回は「サブテキスト」という概念について書きたいと思います。

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[1] Jason Robert Brown (1970 - ):トニー賞受賞作品『パレード』、『マディソン郡の橋』の作曲者