2013年8月22日木曜日

ショートショート:西方見聞録(近代編)

そこにあったのは1つの体重計だった。

あっけにとられている僕に向かって閻魔様は言った。
「さあさ、ほれそこの体重計に乗りなさい。いやいや、靴は脱がなくてもいいから。」
僕は何がなんだかわからなかったが、ともかく言われた通りにした。体重計の針がわずかに振れてぴたりと止まった。一体その目盛りが何を示すのか、僕には皆目検討がつかなかった。なんせ僕にはもう身体の重さなんてないはずなんだから・・・。
「ほほう、おぬしなかなか絞って参ったな。うむよかろう。体重審査合格により、天国行きを許可する!」
ええっ!思わず僕はうろたえた。もちろん天国行きに不服なんてなかったけれど、こんな簡単な決め方でいいんだろうか・・・。
「ふむ、ちょうどもうじき三途の川の渡し船が戻って来る時間じゃ。あちらの船着き場でちょっとばかり待ってなさい。はい、次の者!!」
一礼してからそそくさと僕は示された方向へ向かった。

船着き場の待合所は広々としていて、先に来ていた人々が思い思いにくつろいでいた。僕はこちらの世界に来てから初めてほっとして、胸一杯に息を吸い込んで深呼吸した。そうして少し平静を取り戻してみると、ふとどうしても気になってきたので、つい先ほど切符を切ってくれた船着き場の職員さんにあらためて声をかけた。

「あの、すみません。ちょっとお聞きしてもいいですか?」
「はい、なんでしょう。」
その人がとても穏やな笑顔で応えてくれたので、僕はやはり聞いてみようと思った。
「あの、僕さっき閻魔様に体重測定をされたんですけど、もしかしてあれがかの有名な死者の審理だったんでしょうか?」
「ははは、そうですよ。思っていたのと違ったでしょう。」
「ええ、それはもう・・・。」
「そうですよねえ。このシステムはつい先頃導入されたばかりですから。そちらの世界にまでまだ噂が届いていないのも、いかにも仕方がありません。」
「はあ・・・。」
未だに釈然としない様子の僕に、彼は噛み砕いて説明してくれた。

どうやら一昔前までは僕が昔話やなんかで知っていたように、閻魔様がその人の人生を記したファイル、すなわち閻魔帳を見ながら1つ1つの行いを検証するほかに、魂の天国・地獄行きを決める公平な審査方法がなかったのだが、こちらの世界でもテクノロジーの進歩は日進月歩だそうで、ついに「魂の重さ」を計ることのできる体重計が発明されて以来、審査が画期的に効率化されたのだそうだ。

「でも、魂の重さってそんなに重要なことなんですか?」
「もちろんですよ。いいですか、生きるという事はとにもかくにも『足し算』なのです。生きれば生きる程、罪、すなわち魂の重みは増えて行くわけです。しかしまあ生きる長さというのは、人それぞれ様々に割り当てられていますから、罪の量だけでそれぞれの人生を公平に比べるなどということはとてもできないのです。」
なるほど、確かに100歳まで生きた人と、1歳を待たずに亡くなった人では、生涯犯した罪の数なんてまるで違うだろうな。
「そこでですね、生きれば生きる程にもう1つ増えていくものがあるのですが、なんだと思います?」
「ええと、幸せですか?」
「はは、残念ですがその反対です。悲しみですよ。まあ幸せと悲しみは背中合わせですから、あながちそれも間違いではないのですが。」
「はあ・・・。」
またまたわからなくなってきた。

「つまりですね、生きれば生きる程罪も増えるが、同時に悲しい事にもどんどん出会うわけです。その時に人はどうするかというとですね、泣くのです。実際に涙を流さない事もあるが、心からその悲しみに向き合って感動した時、魂から涙があふれ出るのです。そしてその分だけ魂が軽くなる。これがすなわち生きる上での唯一の『引き算』です。」
まさかそんな・・・。
「ですから、一生懸命生きてきた人というのはだいたい足し算と引き算が清算されていて、こちらに来た時点でもう既に体重がとても軽いのです。あなたのようにね。渡し船に乗るには制限体重というものがありますから、さきほどの体重測定はそれを審査するためのものだったのです。」
「はあ・・・、そういうことだったんですね。でも、それじゃあ逆に、体重審査を通過できなかった魂はどうなるんですか?やっぱり地獄に落とされて、あの手この手でいじめられて泣かされたりするんでしょうか・・・。」
「ははは、なかなか面白い発想です。懐かしの地獄絵ですね。ですがそうではありません。魂を浮かび上がらせるのは本人が心から流した涙だけですから。そして地獄といっても、昨今は別に暑くも恐ろしくもありません。さしずめ、そちらの世で言う図書館みたいなものです。そこには審査で差し戻された全ての魂の閻魔帳が所蔵されていて、皆そこで自分の帳面を借り出して黙々と振り返るのです。そうしてあらためて人生に感動して、たくさん泣いて、魂を制限体重まで減量できたら、そこでようやく乗船許可がもらえます。」
「それじゃあ、どんな魂も皆いつかは天国に行けるっていうことですか!」
なぜだかわからないけど、僕は全ての魂を代表した気分で思わず叫んでしまった。
「そういうことです。でもまあ天国といっても、もしも『永遠の楽園』のようなものを想像されているとしたら大分違うのですが・・・。こちらはですね、そうだなあ、まあいわゆる空港みたいなものです。ここで魂は今度の人生へのチケットを受け取って、誕生に備える様々な手続きをすませてから、新たな人生へと送り出されていきます。」
なんとまあ・・・。
「要するにそうやって魂は常に循環していて、こちらの世にもそちらの世にもどこにも留まってはいないということです。それこそが全ての物事を動かしている真理ですからね。」
僕は、一生かかって解けなかった人生の謎を一瞬にして解き明かされた気分で、とても深く納得してしまった。
「さあ、ちょうどいい具合に渡し船が到着しましたよ。どうぞこちらのゲートから乗って下さい。足下に気をつけて。それでは、どうか次の人生も力一杯に生きて下さいね。」

船はすぐに出発して、船着き場がどんどん遠のいていく。見えなくなるまで手を振って見送ってくれたその人に、僕は深々と頭をさげた。この会話をずっと覚えていたいと思ったけれど、多分今回ばかりは僕の想像通り、次の人生が始まった途端に忘れてしまうんだろう。あの世がこんな風になっていること、魂が留まることなく巡っていて、悲しみも罪も生きることそのものだって知っていたら、もっと違った生き方ができるんじゃないかとも思ったけど、きっとそうじゃないんだな。生まれ変わる度にまっさらになって、魂をかけて人生を学んでいく。だからこそ毎回一生懸命生きられるんだ。

だんだん近づいてきた『空港』を前にして、僕は胸の中にすっかり新しい人生へと向かう気力が充実してくるのを感じていた。

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昨晩どうにも寝付きにくかったので、お恥ずかしながら散文のアイデアを少し発展させてショートショートを書いてみました。すみません、どうも最近こんなことばっかり書いておりまして(汗)素人ながら言葉を書き始めるとのめり込んでしまい(音楽もこういう風に書ければと時々思うのですが)、昨日は結局益々眠れなくなってしまいました。。。